さてそんなこんなで、われわれはベルンからTGVに乗り込んだ。
目的地のパリまでは5時間。
パリは今回の旅行初の大都会だ。ずっと比較的のんびりした街ばかりをめぐってきたので、ぜんぜん違う体験が待っているのであろう予感に胸膨らむ。
TGVは、日本の新幹線みたいなものだが、新幹線よりズット豪華!
座席にはちいさなテーブルがついていて、喫茶店の一角みたい。椅子は広くて座り心地もよい。これで二等車とは思えない。リッチな気分になる。
車内では、ツアー参加者の子供がフランス人らしき子供と遊んでいる。言葉が通じないのにあんなにはしゃいで、子供同士っていいものだなあ。
車窓からは、やはり延々と続く落書きと、エキゾチックな建築と、そして、広い畑。
フランスに近づくにつれ、車内放送がフランス語に変わり、外の景色も変わる。麦畑が減りブドウ畑が増え始める。
牧草地では、牛たちが一箇所にたまってのーんとしている。茶ぶちや白黒が体をぶるんぶるんさせているのもかわいい。
広い車窓から見える壮大な景色。TGV最高!
「うんこがこびりついてるとか、ありえへんわ……」皆の表情からだいたいのことは想像していたが、母の言葉によって全面的に事態を理解。これまでドイツ・スイスでは、添乗員さんの案内のおかげもあり、快適なトイレに恵まれてきたのであったが……。なんとなく、これから向かうパリのことが思いやられ始める。
長い道のりを経て、昼過ぎ、われわれはパリに到着した。
急に周囲の人々の服装がにぎやかになり、人種も多様になった。
煤けたような駅舎に雑然たる人ごみ。母の第一声は「なんか汚いなあ! パリって」であった。
「皆さん、パリに着きましたね。この街は、スリや引ったくりが大変多いです」……アナウンスは延々と続いた。一同の間に緊張が走り、母は怯え始める。そう、母はといえば、駅の雑踏を抜けてバスに乗り込む五分ほどの間だけで、既にぐったりしてしまったのだった。「なんか目が回りそう…」。そりゃあそうだ。東京も、大阪すらもほとんど訪れたことがない母が、いきなりパリだもの。
「ここから先は、絶対に荷物に油断をしないでください」
「毎回のツアーで必ず誰かひとりは被害にあわれます」
「クレジットカードなどにお気をつけてください」
「愛想よく近づいてくる人も、どんな人でも信用できません」
「服装も人種も外見も関係なく、スリの可能性があります」
「近づいてくる人で、親切な人、優しそうな人、かっこいい人、きれいな人がいたら、それはスリです」
「パスポートは特に盗まれないようにしてください。帰れなくなります、飛行機のチケットも買い直しになります、すごく高いです」
バスは、バスティーユ広場やコンコルド広場を走り過ぎる。映画や本で、一度は見知った場所ばかりだ。
街角のちょっとした建物もいちいち立派で、由緒ありげだ。その前には、昼間っから抱き合う恋人たち。これがパリなのか。美しく、そして、猥雑な街だ。
昼食は、レストランでエスカルゴである。母はエスカルゴ初体験。わたしはサイゼリヤでしか食うたことない。
母、隣席に座った女の子に、
「わあ!どきどきするわあ! エスカルゴなんて食べたことある!?」とはしゃいで話しかけ、「はあ、あります」とあっさり答えられていた。
さて、昼食後は、ベタな、Theパリ観光である。
シャンゼリゼ通、エッフェル塔、そしてルーブル美術館 etc...。
案内役は現地のガイドさん。ベリーショートの髪が印象的な、華やかな女性である。
ところがこの人、喋り始めるとめちゃくちゃおもろい。その語り口はまるで、そうだ、大阪のおばちゃんだ!
以前「パリ人と大阪人は似ている」と聞いたことがあったが、成る程。母はこの人を、「パリの大阪のおばちゃん」 と呼ぶことにした。
シャンゼリゼや凱旋門やコンコルド広場をバスで流しながら、パリの大阪のおばちゃんのマシンガントークが冴え渡る。
「シャンゼリゼ通りは、陽気な気分のとき来るところなんです。今年はだーれも来なかったワー。サッカーで負けたから! 日本はよかったですネー! 」おもろい。それにしても、日本人はよく「自国の国旗国歌を恥じるのは日本人だけだっ」とか言うが、そうでもないということが分かった。ちなみに、フランスの左翼はジャンヌダルク像に落書きするのだそうだ。
「負けたらどこに行くかっていうと、コンコルド広場に行って革命を起こすんですワ。前の革命は1789年。次は2011年ぐらいかナー?!」
「凱旋門が見えますネ。皆さん、フランス国歌はご存知ですか? トッテモ、血生臭い歌! だから、歌いたがらない人もいるんです。サッカー選手も歌わなくて罰金とられてますけどネー、彼らは気にしないんですよ、たんまり儲けてますからネー!」
「だから離婚した人はタイヘーンなんですヨー、でもパリの離婚率は48%なんです、サルコジさんも離婚なさりましたネー、あの方は何やら前から愛人がいて……」大阪のおばちゃんはゴシップネタに強い。
「で、去年のクリスマスには、サルコジ人形が売り出されましたネー。その人形には、針がセットになってるんですヨー。その針を、人形に刺せるようになってるんですネー(にっこり)」
「サルコジさんは、訴訟を起こしたけれど敗訴しましたネー。裁判所は、針を刺してもいいヨー、って言ったわけですネー(にっこり)」
バスはセーヌ沿いを走りルーブル美術館へ。バスを降りる前に添乗員さんからまたも注意事項がアナウンスされる。
「館内にはスリがいます。スリがいるかもしれないのでなく、います。充分気をつけてください。特に、モナリザの前に多いです。モナリザ前では毎日誰かが被害に遭います。」
またも緊張する一同。
さらに、ルーブル駐車場であわや衝突事故。パリの車の運転は一様に荒い。路上に止まっている車は、どれも傷だらけでボコボコなのだ! そもそも路駐が多いのだが、ぎうぎうに詰めて駐車するもので、発車の際に他の車にがんがんぶつけるらしい。どうやら、車を大事に扱うという文化がない模様で、それはそれですがすがしい。
ルーブルは、有名どころばかり駆け足観賞だったが、ガイドさんの充実した説明のおかげもあり、インデックス観光的には充分満足した。館内は撮影自由で、さまざまな国からの鑑賞者が、歓声を挙げつつシャッターを切っている様子は、日本の美術館の雰囲気とはまったく異なっている。どうでもいいけど、「I LOVE KOBE」というTシャツを着ている韓国人青年がずっと気になっていた。なんで神戸?
他にも、ミケランジェロ、サモトラケのニケ、ミロのヴィーナスなど、教科書で見たことのある作品が無防備に一同に会していた。
ガイドさん:「フランスが盗んできた作品ばっかりですヨー!」
夕食は、小さなかわいいお店で。
テーブルクロスもカーテンも赤いギンガムチェック。
ギャルソンは注文をテーブルクロスに無造作に書き付ける。粋だ。
ギャルソンのアクションはいちいちおもろい。。「アドモアゼール、カワイイネー」とウインク。食べ残した客にはぷうっと頬を膨らませてみせる。パリのギャルソンは、飲食店店員というより、パフォーマーなのだなあ! ガイドさんが大阪のおばちゃんなら、パリのギャルソンは芸人(+花輪クン)であった。
そして、大学で「パリジャン○○」と仇名されているある人のことを思い出した。かつてパリに留学していた彼は、王子様のようなファッションや、語尾が優雅に溶けるような喋り方や、すれ違うとウインクを飛ばすなどの日本人離れした動作から、「パリジャン○○」と呼ばれているのであるが、日本では異質な彼の存在は、パリではふつうなんだ……! と衝撃
メニューはチキンとポテトがメイン。昼の適当な肉と同じく、フランス料理のイメージに反した、実に大雑把な料理でした。
ワインでぽやんとなり、少し日の翳るパリの街をバスでホテルへ向かう。