母娘、夏の欧州旅行記(3)

― 仏蘭西篇(前) ―











■ 嗚呼、悲しみのTVG

さてそんなこんなで、われわれはベルンからTGVに乗り込んだ。
目的地のパリまでは5時間。
パリは今回の旅行初の大都会だ。ずっと比較的のんびりした街ばかりをめぐってきたので、ぜんぜん違う体験が待っているのであろう予感に胸膨らむ。

TGVは、日本の新幹線みたいなものだが、新幹線よりズット豪華!
座席にはちいさなテーブルがついていて、喫茶店の一角みたい。椅子は広くて座り心地もよい。これで二等車とは思えない。リッチな気分になる。
車内では、ツアー参加者の子供がフランス人らしき子供と遊んでいる。言葉が通じないのにあんなにはしゃいで、子供同士っていいものだなあ。

車窓からは、やはり延々と続く落書きと、エキゾチックな建築と、そして、広い畑。
フランスに近づくにつれ、車内放送がフランス語に変わり、外の景色も変わる。麦畑が減りブドウ畑が増え始める。
牧草地では、牛たちが一箇所にたまってのーんとしている。茶ぶちや白黒が体をぶるんぶるんさせているのもかわいい。


広い車窓から見える壮大な景色。TGV最高! 

車窓


だが、しばらくするとわれわれは異変に気づき始めた。
わたしと母の席はトイレの近くだったのだが、トイレに行って戻ってきた人々が皆、一様に、困惑したような暗鬱なような、硬い表情を浮かべているのである。
そして、トイレに立った者同士、目を見交わし、頷きあうようなそぶりを見せている。これは一体……?
やがて母がトイレに立ち、やはり暗鬱な表情で戻ってきて、呟いた。
「これはひどい……」。そして嘆息した。
「うんこがこびりついてるとか、ありえへんわ……」
皆の表情からだいたいのことは想像していたが、母の言葉によって全面的に事態を理解。これまでドイツ・スイスでは、添乗員さんの案内のおかげもあり、快適なトイレに恵まれてきたのであったが……。なんとなく、これから向かうパリのことが思いやられ始める。

と同時に、最もトイレに近いわれわれの座席って……。リッチであったTGVの5時間が、イヤーな5時間に変わり始めた。
尿意を感じるが、トイレから出てくる皆の硬い表情を見続けるうちに、あんな表情になるんならTGVを降りるまでトイレはがまんだ……と決める。しかし添乗員さんの「パリに着いたらすぐにバスに乗りますので今のうちにお手洗い済ませておいてくださーい」というアナウンスにより、葛藤が始まる。尿意を我慢してパリ観光をすべきかひどいトイレに投降すべきか……。外の景色を楽しむのも忘れ、もはやトイレ葛藤のみのTGVタイム!
気を紛らわそうとおやつを食べることに。スイスで買ったチーズを食べよう。広大な景色を見ながらおやつ、いいね! と気分を無理やり盛り上げチーズを取り出したら、見事に腐っていた!!
あのベルンのぬる蔵庫のせいかっ!
先ほどのリッチな気分から一転、なんともわびしい気分に。

その後、意を決して隣の車両のトイレに行ったら思ったよりマシでした。
悪口ばっか書いてしまったけど、TGVは犬用車両があってすばらしかった。犬がぞろぞろ降りてくる様子は壮観。



■ 花とゴミとスリの都、パリ

長い道のりを経て、昼過ぎ、われわれはパリに到着した。
急に周囲の人々の服装がにぎやかになり、人種も多様になった。
煤けたような駅舎に雑然たる人ごみ。母の第一声は「なんか汚いなあ! パリって」であった。


駅舎



鮮やかな緑のスーツを着た、颯爽とした女性が現れ、バスまで案内してくれる。われわれをバスに乗せるとすぐ去っていった。バスの運転手さんは、薄いパープルのシャツに濃紫のネクタイがお洒落なパリ紳士だったが、この人もすぐに他の運転手さんに交代してしまった。

バスに乗ると、添乗員さんが注意事項をいくつかアナウンスし始める。
「皆さん、パリに着きましたね。この街は、スリや引ったくりが大変多いです」
「ここから先は、絶対に荷物に油断をしないでください」
「毎回のツアーで必ず誰かひとりは被害にあわれます」
「クレジットカードなどにお気をつけてください」
「愛想よく近づいてくる人も、どんな人でも信用できません」
「服装も人種も外見も関係なく、スリの可能性があります」
「近づいてくる人で、親切な人、優しそうな人、かっこいい人、きれいな人がいたら、それはスリです」
「パスポートは特に盗まれないようにしてください。帰れなくなります、飛行機のチケットも買い直しになります、すごく高いです」
……アナウンスは延々と続いた。一同の間に緊張が走り、母は怯え始める。そう、母はといえば、駅の雑踏を抜けてバスに乗り込む五分ほどの間だけで、既にぐったりしてしまったのだった。「なんか目が回りそう…」。そりゃあそうだ。東京も、大阪すらもほとんど訪れたことがない母が、いきなりパリだもの。


バスは、バスティーユ広場やコンコルド広場を走り過ぎる。映画や本で、一度は見知った場所ばかりだ。
街角のちょっとした建物もいちいち立派で、由緒ありげだ。その前には、昼間っから抱き合う恋人たち。これがパリなのか。美しく、そして、猥雑な街だ。


恋人たち


ナポレオン?

像


花嫁さんと花婿さんの車に遭遇。

結婚式



昼食は、レストランでエスカルゴである。母はエスカルゴ初体験。わたしはサイゼリヤでしか食うたことない。
母、隣席に座った女の子に、

「わあ!どきどきするわあ! エスカルゴなんて食べたことある!?
とはしゃいで話しかけ、「はあ、あります」とあっさり答えられていた。

エスカルゴは、オリーブオイルが効いており非常に美味だった。が、その後に出てきたメインの肉は実に微妙だった。かたいし、味がついてないっ。一同、不満を言う。


店内の座席はぎうぎう。
パリの店はみんなこんな感じだった。

店


エスカルゴ剥き器と撮影。
はしゃぎすぎやろ。

エスカルゴ





さて、昼食後は、ベタな、Theパリ観光である。
シャンゼリゼ通、エッフェル塔、そしてルーブル美術館 etc...。

案内役は現地のガイドさん。ベリーショートの髪が印象的な、華やかな女性である。
ところがこの人、喋り始めるとめちゃくちゃおもろい。その語り口はまるで、そうだ、大阪のおばちゃんだ!
以前「パリ人と大阪人は似ている」と聞いたことがあったが、成る程。母はこの人を、「パリの大阪のおばちゃん」 と呼ぶことにした。
シャンゼリゼや凱旋門やコンコルド広場をバスで流しながら、パリの大阪のおばちゃんのマシンガントークが冴え渡る。

「シャンゼリゼ通りは、陽気な気分のとき来るところなんです。今年はだーれも来なかったワー。サッカーで負けたから! 日本はよかったですネー! 」
「負けたらどこに行くかっていうと、コンコルド広場に行って革命を起こすんですワ。前の革命は1789年。次は2011年ぐらいかナー?!」
「凱旋門が見えますネ。皆さん、フランス国歌はご存知ですか? トッテモ、血生臭い歌! だから、歌いたがらない人もいるんです。サッカー選手も歌わなくて罰金とられてますけどネー、彼らは気にしないんですよ、たんまり儲けてますからネー!
おもろい。それにしても、日本人はよく「自国の国旗国歌を恥じるのは日本人だけだっ」とか言うが、そうでもないということが分かった。ちなみに、フランスの左翼はジャンヌダルク像に落書きするのだそうだ。
凱旋門から放射状に伸びる道に入り、高級住宅街を通る。高級かどうかを見分けるコツは、天井の高さだという。パリの家賃はすごく高いらしい。
「だから離婚した人はタイヘーンなんですヨー、でもパリの離婚率は48%なんです、サルコジさんも離婚なさりましたネー、あの方は何やら前から愛人がいて……」
大阪のおばちゃんはゴシップネタに強い。
サルコジは自分が離婚したとき、自分の給料を大幅に上げて皆を驚かせたらしい。サルコジは「離婚したら金がかかるのだから当然だ」と発言したそうな。
「で、去年のクリスマスには、サルコジ人形が売り出されましたネー。その人形には、針がセットになってるんですヨー。その針を、人形に刺せるようになってるんですネー(にっこり)」
「サルコジさんは、訴訟を起こしたけれど敗訴しましたネー。裁判所は、針を刺してもいいヨー、って言ったわけですネー(にっこり)」




シャンゼリゼ通りにて。
病的なまでにきっちり剪定された街路樹。

シャンゼリゼ


かと思えば、路上はゴミと吸殻だらけ。

吸殻


お約束@エッフェル塔。

エッフェル


エッフェルの向こう側。

エッフェル




バスはセーヌ沿いを走りルーブル美術館へ。バスを降りる前に添乗員さんからまたも注意事項がアナウンスされる。
「館内にはスリがいます。スリがいるかもしれないのでなく、います。充分気をつけてください。特に、モナリザの前に多いです。モナリザ前では毎日誰かが被害に遭います。」
またも緊張する一同。
さらに、ルーブル駐車場であわや衝突事故。パリの車の運転は一様に荒い。路上に止まっている車は、どれも傷だらけでボコボコなのだ! そもそも路駐が多いのだが、ぎうぎうに詰めて駐車するもので、発車の際に他の車にがんがんぶつけるらしい。どうやら、車を大事に扱うという文化がない模様で、それはそれですがすがしい。

車でなぎ倒された路傍のポール。

ポール


ルーブルは、有名どころばかり駆け足観賞だったが、ガイドさんの充実した説明のおかげもあり、インデックス観光的には充分満足した。館内は撮影自由で、さまざまな国からの鑑賞者が、歓声を挙げつつシャッターを切っている様子は、日本の美術館の雰囲気とはまったく異なっている。どうでもいいけど、「I LOVE KOBE」というTシャツを着ている韓国人青年がずっと気になっていた。なんで神戸?


最初は宗教芸術のコーナー。

聖母子


作者は分からないが、犬の絵。

犬の絵


モナリザにカメラを向ける人だかりにカメラを向ける。
この中にスリがいるのか?

モナリザを見る人びと


これは感動! 眠るヘルマフロディトス。
乳房とペニスをもつ両性具有である。

ヘルマフロディトス


フラッシュ禁止の表示もアートっぽい!

注意書き


他にも、ミケランジェロ、サモトラケのニケ、ミロのヴィーナスなど、教科書で見たことのある作品が無防備に一同に会していた。
ガイドさん:「フランスが盗んできた作品ばっかりですヨー!」


夕食は、小さなかわいいお店で。
テーブルクロスもカーテンも赤いギンガムチェック。
ギャルソンは注文をテーブルクロスに無造作に書き付ける。粋だ。
ギャルソンのアクションはいちいちおもろい。。「アドモアゼール、カワイイネー」とウインク。食べ残した客にはぷうっと頬を膨らませてみせる。パリのギャルソンは、飲食店店員というより、パフォーマーなのだなあ! ガイドさんが大阪のおばちゃんなら、パリのギャルソンは芸人(+花輪クン)であった。

そして、大学で「パリジャン○○」と仇名されているある人のことを思い出した。かつてパリに留学していた彼は、王子様のようなファッションや、語尾が優雅に溶けるような喋り方や、すれ違うとウインクを飛ばすなどの日本人離れした動作から、「パリジャン○○」と呼ばれているのであるが、日本では異質な彼の存在は、パリではふつうなんだ……! と衝撃

メニューはチキンとポテトがメイン。昼の適当な肉と同じく、フランス料理のイメージに反した、実に大雑把な料理でした。
ワインでぽやんとなり、少し日の翳るパリの街をバスでホテルへ向かう。


絵画で見るような雲。
ずっとこんな低い雲が出ていた。

街角


街角のちょっとした建物にも凝った装飾。

建物の彫刻


パリの道はややこしいが、表示が整備され親切だ。
下のインベーダーみたいなものは何?

道標


オペラ座付近。ルパンのような男性。

ルパン






ホテルは町外れの20区にあった。
フロントには、なぜか若い頃の雅子妃の写真が飾られていた。
日本の雑誌から切り抜いたものらしく、「順調なお妃教育」とか書かれてるんが今となってはつらい……。ううう。


雅子さん



ホテルに着く頃、母は異様に疲労していた。聞けば、スリ対策のためバッグを握り締めすぎて手が痺れたとのことであった。
そして、ワイン酔いのためもあり、没眠。さて、いよいよ明日は、自由行動日である。母娘、パリの街へ繰り出すよ! (後篇へ続く)








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