シフォン論#9-2 何故ロッカーは痩せていなくてはならないか/或いは、戦略としてのロリータ (後篇)
(承・前篇)
さて前の話を受けまして、そのような気分、つまり、あたしはあたしのパロディであるのだ、これは擬態にすぎぬのだ、という含み笑いの気分を今でも思い出させてくれるのが、倉橋由美子の小説である、という話。
「ロリータファッション」が過剰な女性性の記号を纏うことで世間で期待されるところの女性性を裏切るものに見えたのと同じように、彼女の作品もまた、特にその初期作品の魅力は、作者本人の意図がどうあれ私にとっては、過剰に何かに擬態することによって何かを裏切るというそのやり方にありました。
またこの感覚は、「女やってます」とか「女装する」とかいう言い回しを使う現代の多くの女性たちにおいても、ライトにではあれ共有されている感覚なのではないかと思います。
……という言い方ではどうもうまく説明できぬので、ひとつ作品を挙げてみたいと思います。
1961年の「どこにもない場所」(新潮社『倉橋由美子全作品2』所収・以下引用頁数はこの版から)は、彼女の代表作とはいえないかもしれませんが、私にとってもっとも重要な作品でした。
発表当時の文芸時評では「奇怪のための奇怪のような無意味な行動がけじめなくつづく、どこをどう鑑賞してよいのか分りかねる」(『出版ニュース』1961.1.1) などと評されています。しかし、或る種の痩せ願望をもったことのある人が読めば、すぐに何の話だか分かる筈です。
「どこにもない場所」 のストーリーは、エレン・ウェスト症例を下敷きにしています。エレン・ウェストとは、ビンスワンガーという精神科医の患者で、「華奢で空気の精のようであること」を理想とした、拒食症の女性でした(ビンスワンガー『精神分裂病』上巻、みすず書房 に所収)。この物語が書かれた1961年には、摂食障害は日本ではまださほど話題になっていなかったようで、上のように評されたのも無理はないのでしょう。
摂食障害の専門家である精神科医・下坂幸三氏は、この小説をして、「やせ症者(より正確には古典的な重症例)の世界を縦横に強調して巧みに描き出した」 と評しています(『季刊精神療法』7-1、1981)。たしかに、女主人公 「L」 の言動は、(かつて)摂食障害の女性の基本的心性とされた「女性性の拒否」の表出といえそうです。
「L」は、長身で白い肌をもつ、食べないことに固執する女性です。
その「L」を取り巻くように、双生児的存在の「K」、左翼作家、精神科医「S」、「L」と対象的に肥大した狂女の母、「食用鶏みたいに美しく」(36頁)肥えた友人「M」、左翼作家「Q」が登場します。
抽象的で深遠な言葉を吐く「L」や「K」に対し、それを理解せぬ「M」や「S」が、彼らの言葉を逐一卑俗で形而下的な文脈に引き下げて理解する、という戯画的構図は倉橋作品に頻繁に見られるところですが、この小説でもお決まりに、周囲のものは「L」の理想を理解しません。では「L」の理想とは何か。
「黒い鋼鉄の長剣」(55頁)「骨片を金具で綴りあわせたみたい」「薔薇色の刀身」(78頁)と形容される身体を持つ「L」は、しかし、「まだ満足すべきところへはまいりませんわ」と言うのです(78頁)。一体彼女はどこへ行けば満足するのか。「L」は言います。
「自分が穴そのものであることを望みますわ」 (25頁)
「あたしは身体をなくしたいのです」 (26頁)
この理想的な身体――身体をなくすという理想、といったほうがよいか――を求める「L」の旅は、(他のいくつかの倉橋作品のテーマがそれであるように)「書くこと」をめぐる物語と併行してもいます。
「L」は小説を書くこと、すなわち「どこにもない場所にいって、世界の贋物をつくること」を求めています。それを「M」は、平凡な生活から自由な場所に逃げたいのね、と解釈しますが、「L」はそれを一笑に付します。「L」にとっては「あるフォルム」を作り出すことだけが問題なのです (42-43頁)。そして「L」に対置されるのが、革命党関係者でかつ作家である「Q」です。世界の変革を夢見て創造行為を行う彼の理想は、いわばAをA'に作り変えることを目指すものです。だがそれに対し「L」の理想は、AやA'といった現実世界それ自体に反するものです。「Q」は彼の理想の帰結として、理想国家であるP国へ旅立ってゆきます。これは、「L」があくまで「どこにもない場所」を求めることと対照的です。そして「L」が「どこにもない場所」を求めることは、「身体をなくす」という理想とパラレルになっている。「Q」が外側の現実世界に理想を求める者であるなら、「L」は自分の身体のフォルムを彫刻することにそれを求めるのです。
私は、あの全学連のビラを思い出します。「L」の言動はまるで、あのビラへの返答のようではないですか。
話が逸れました。「L」の身体について、もう少し見てみましょう。
「L」の身体はまた、性的に触れることのできない身体でもあります。強姦されることのない身体、侵犯されることのない身体、とでももうしましょうか。
彼女は性関係を拒否しますが、しかしそれは、ヤメテクダサイオ願イ!式の拒否ではありません。男が彼女に触れようとすると、彼女は哄笑とともに逃げ去ってしまうのであり、彼女を犯すことは、原理的に不可能なのです。
「あたしと結婚してもあなたの挫折は無限にくりかえされるだけでしょう。なぜかというと、あなたがあたしの肉の裂けめをみて嘔き気をもよおすようなことがないかわりに、あたしの眠らない、けっして濁ることのない意識はあなたの愛撫からどこまでも逃げだしてつかまらないでしょうからね。もしもあなたがあたしと性関係を結びたいのなら、あなたは笑いころげるあたしを強姦しなければならないんです。でもむろん、そんなことは不可能ですわ」 (54-55頁)
多くの女性にとって、己が強姦されうる性であることを知った瞬間は、意識的であれ無意識的であれ、外傷的なものであったのでないでしょうか。少なくとも私はそれを非常にトラウマティックな瞬間として記憶しています。無論強姦されるのは女だけではないが、通常何の注釈も無しに強姦といえばそれは、男による女に対する性的侵犯を指しますし、また何より、われわれはその結果起こるかもしれぬ妊娠によって「生命の受動的な道具」(by ボーヴォワール)と化す可能性を持ちます。しかしそのような女の運命を、「L」は断固拒否するのです。いや「断固」は適切ではないか。笑いながら、軽やかに逃げ去るのです。
「L」は言ったのでした。「自分が穴そのものであることを望みます」と。
穴=女性器であることが、まさに性関係において女に望まれることであるとすればしかし、一見期待されるものになるかのように見せかけて彼女は、自分が文字通り、穴=欠如そのものとなることによって、自らの身体性を消滅させてしまうのです。これはあの、「過剰に何かに擬態することで期待されるものを裏切る」戦略に似ていないでしょうか。これを、女性性を過剰化することでそれを空洞化してしまう戦略、と表したいと思います。あたしはあなたのお望みの穴である、だけど/だからあなたはあたしに触れられないのだ。
……この物語には「穴」「窖」という語が頻出します。これらの語は、下敷きとなったエレン・ウェスト症例でも鍵言葉となっていたものでした。しかし、エレン・ウェスト症例では、「穴窖」はあくまで彼女の理想であった「空気の精」の世界に対立する低く湿った暗いものとしてのみ登場するのに対し、「どこにもない場所」での「穴」は重層的な意味で使われています。エレン・ウェストと同じく、食物で満たされる暗い湿ったものとしての「穴」、それに対し「L」の理想の身体像の果てにあるものとしての「穴」、作家の寄生する「穴」、凹型性器としての「穴」……ちなみに凹型性器としての「穴」をもつのは「L」ではなくむしろ、男性である「K」や男娼に姿を変えた革命家であります。さて、物語のラストにも、また「穴」が現れます。
火の中に身を投げたところを助けられてから数年が経った或る夏、あれほど食べないことに固執していた「L」は、人々の前で食事を楽しんでみせます。
彼女は、「解読しがたい、完璧な欺瞞性をそなえた微笑とともに」(106頁)自分のこれまでの理想が間違っていたことを認めます。そして、その席で精神科医「S」との結婚を発表し、「みごとな嬌声をあげ、両手で顔をおお」い、太って美しくなったことを誉められれば「身をくねらせ」、「チョコレートボンボン」を食べ続けてみせるのです。
まるであの、使用前・使用後的な摂食障害の症例に描かれる、治癒の場面のようではありませんか!
「L」の小説も、「最後の穴」を残して完成寸前であることが告げられます。
そして十日後、彼女は自殺遺体となって発見されます。
「チョコレート・ボンボン」は、エレン・ウェストの最後の食事でもありました。
ここではまるで、「"女性性の拒否" を克服することで治癒に至る」 というようなあの摂食障害の治療論の図式が揶揄されているかのようです。いったんそれを忠実になぞってみせた直後に転覆されることによって。先生、あたし"女性性を受容"してすっかり善くなりましたわ、もう食物も受け容れますわ、でもそのときあたしはそこにはいない。
「L」は、自ら穴となる=存在をなくすことによって、彼女の穴を埋めようとするあらゆる力を拒否します。治療者が食物で体の穴を埋めること、男が男根で彼女の穴を埋めること、解釈者が解釈で作品の穴を埋めること。自殺死体となった「L」の周囲には、焼かれて灰と化し判読不能になった原稿が残され、彼女の体から這い出すのは文字ではなく蛆のみ。
この作品が「やせ症者の世界」を巧みに描いているというのは間違いではなかろうけれども、それが単に、「女性性の拒否」でなくて、女性性」のパロディをいったん演じてみせることによっての拒否、「女性性の受容=治癒」言説の拒否、になりえている、というところまで、下坂先生含意しておられたのか。
さて、先に、「強姦されない身体」と述べましたが、そうしたものであろうとする志向は、独り「L」のみでなく倉橋由美子の小説の女主人公たちに共通するものであります。笑い転げるあたしを強姦することはできない、という先に引用したフレーズと同様のフレーズは、さまざまな作品に現れます。
「山田さんが『身を以て、近づこうとすれば』、君は『回避して、強いて逼れば号泣する』というわけか」
「いいえ、強いて逼ればくすぐったくなって笑いだすんですよ」
(『城の中の城』新潮社、1980、257頁)
ですが、「強姦されない身体」であろうとするその志向は、何か人道的な思想とか、あるいは「私"たち"への侵犯を許さない!」というようないわゆるフェミニズム的思想に基づいているのかといえばそういうわけではなさそうで、たとえば『聖少女』では、主人公の少女を不良少年たちが輪姦できぬことの根拠は、彼女が「極上の高級品だったから」と説明されています(『倉橋由美子全作品5』167頁)。
高級品。
この言葉がよく表しているように、彼女の作品では、侵しがたく高貴なものと、低級で下賎なものとがはっきりと区別されます。
その区別が 「class」 なる語のもとで露骨に語られるのは、1971年の『夢の浮橋』という長篇においてです。
人間は生まれながらにしてさまざまなclassに属しているのに、この厳然たる階級の差には目をつぶって、万人が同じclassに属するかのように言う平等主義者を桂子はひどく嫌っている。まえに三津子が「奥様時評」でしゃべったことに、「何といっても学生のなかにも優秀なのと劣等なのがいて、その劣等なほうの連中がヘルメットをかぶって覆面をしたりするので」という一節があったのを桂子は思いだした。たとえば、橋本麻紀子は劣等な学生で、女としても二つも三つも下のclassに属していると桂子はつねづね思っていた。
(「夢の浮橋」『倉橋由美子作品集8』173頁 )
「夢の浮橋」のヒロイン「桂子」は、美貌の才女です。文中の「麻紀子」は、「桂子」の学友で、学生運動に精を出していますが、彼女は作中で徹底してバカにし続けられます。
「女が料理や裁縫や編物、活花といった手の仕事をばかにして、頭だけで芸術家気取りになっては碌なことができませんね。(略)料理も裁縫も嫌いで、そのかわりに映画、新劇、文学や音楽が大好き、という女性と結婚すると大変なことになりますね。そういうのは女としては出来損ないだし、もともとバカが多いようです」
(同上、159頁)
これは「桂子」の夫となる男の台詞であり、このような言説に同調して生きている「桂子」は、フェミニズム的な語法で申せば「男社会の規範を内面化している女性」といえるのかもしれません。「桂子」が「体制派」であるということは、作者自身も述べているところです。
美に恵まれ、裕福な家庭に育ち、和装が似合い、父に愛され、地位ある婚約者をもつ「桂子」は、「女性性の拒否」を旗印とする「L」のごとき女性像とは、真逆のものに見えます。「優雅とは反対のことに熱中できない」(66頁)
彼女は、struggle するということを徹底して嫌います。この点も、死に至るまで理想的身体を追求した「L」とは異なるように思えます。「どこにもない場所」と「夢の浮橋」を、通時的にひと連なりのものとして読むなれば、「女性性を拒否していた少女が、成熟してそれを受け容れた」なアんていう、まさに、摂食障害の治療論で語られるストーリーが描けてしまいそうです。
ものすごく安直な作家論に走るとすれば、二つの作品が書かれた間には作者自身の結婚や出産があって、私生活の変化に伴って作者は「L」のようなヒロインを必要としなくなったのだ、と解釈できるのやもしれません。まあそれは安易な想像として、しかし、『夢の浮橋』の前後で作風や小説に対する姿勢に断絶があるということは、作家自身もちょくちょく言及しているところです(註1)。
まず、登場人物たちの位相が、従来のL型やK型といった類型からやや変化を見せます。作者が言うには、従来の作品では主人公の「L」や「K」が 「反体制」 側に、SやMが 「体制」 側にほぼ分類されていたのに対し、『夢の浮橋』では、主人公「桂子」や主人公に親しい人間はすべて 「体制」 側であり、「反体制」派はただ侮蔑され無視されるだけの存在です。これは「保守反動」的な思想に基づいてはいるが、とはいえ右翼とか伝統主義 とかいった 「主義」 とは無縁であり、「桂子」らはいってみれば 「クラス主義者」 なのである、と作者は述べています (「作品ノート」6『倉橋由美子作品集8』220頁)。
先に述べたように、「class」はこの作品のキーワードのひとつです。
作者自身も読者にイヤがられる気満々で書いているこの「class」の思想について、もう少し見ておきませう。
「class」とは本来なら「階級」と訳せるのでしょうが、舞台は戦後日本であるから明確な階級制度があるわけではない(であるから class という異物のような英語表記を作者は選ばざるをえなかったのでしょう)。また「class」の上下は、作品を貫く或る美意識のようなものによって決定されており、必ずしも既成の「階級」と同義ではありません。
class ということばは、桂子にとっては、大袈裟に「階級」といいなおさなくてもよくて、要するに乗物の特等、一等、二等の「等」でもよく、一級品、二級品の「級」でもよかった。(172-3頁)
と作中では説明されますが、いったい何を以って「等」や「級」の上下が決まるのか、どうも判然としない。登場人物らを見る限り、どうもそれは、その人が知的(この作中の「知」の基準に照らす限りで)であり優雅であるかないか、ということに拠っているらしく、それは、その人が struggle する者であるかないか、という別とほぼ同義です。逆にいえば、「一級」たるものは常に優雅で、struggle することがあってはならない。よって、必ずしも「階級」と同義でないとはいえ、「class」の思想は必然的に、健常者を病者に対して、裕福を貧困に対して、社会的強者を社会的弱者に対して優等とするような、既成の通俗・保守的な階級意識をほぼ踏襲することとならざるをえません。(註2) (註3)
「一級」の人々は、 struggle するものを見下し、彼らとの差別化をはからねばなりません。いや、尤も、「class」の別は「生まれながらに」決まっていることになっているのだから、彼らはわざわざ差別化をはかる必要などないはずなので「彼らが差別化をはかる」という言い方は正確ではないか(彼らは嘲笑するだけです)。正確にいえば、作中に、差別化のための仕掛け(つまり、読者に、「class」差を感じさせるための仕掛け)が色々と仕込まれているのです。
この作品で struggle しているのは、「全学連」に属する学生やそれに与する「造反教官」です。学生運動に没頭する学友「麻紀子」は、運動から距離を取る「桂子」を非難しますが、その際「汗の匂いや汚れた髪の匂い」を発し、「なまあたたかい」唾を吐きかけます(105-6頁)。これに「桂子」は激しい怒りを覚えます。彼女らが教室を占拠して立てこもっていると聞いた「桂子」は、彼女の発した「獣じみた匂い」を思い出し、「貧民窟の悪臭を放つ部屋で髪ぼうぼうの垢まみれの男女が獣のようにからみあっている」様子を想像し、鳥肌を立てます(126頁) 。
ここでは、汗や臭いや垢や性といった身体性が、読み手の生理的な嫌悪感に訴えると同時に、それが「貧民窟」という言葉とともに記されることで下級の class とそれとなく関係付けられています。身体性、それはまさに「L」の拒否したものでしたが、ここではそれが下級の class の側に押し付けられ、下々の者たちとそれに鳥肌立つ「桂子」との差異が印象づけられています。
また、「麻紀子」の「皮膚の荒れた、唇までひび割れた」顔は、「夜の女」に喩えられます。「麻紀子」は「もともと暗い不幸な顔をしていた」と表現され、「桂子」は彼女の「暗い、愛されない顔」を気にかけるのです(大きなお世話ですよね)。ここでは先の引用の通り、「麻紀子」が女としても下級のクラスに属していることが印象づけられます(132-3頁)
ところで、少し話は変わりますが、女であることと class との関係って、どうなの?
女であることと一級の class に属することは、両立できるのでしょうか?
というのは、階級といえば、「女」は(「黒人」などと同様に)一つの劣等階級として作られてきた、というボーヴォワールの言葉を思い出すからです。(ちなみに倉橋作品にはサルトルとボーヴォワールの名もしばしば顔を出します。) 社会的弱者を強者に対し劣等とする如き既成の保守的な階級意識に則るなら、女であるところの主人公は、一級の class には入り込めないのではないでしょうか?
と、この点がどう克服されているかといえば簡単で、「桂子」が「一級」の男たちに讃えられ、共犯者として承認されることによってです。
「桂子」が讃えられるのは二つの面からです。ひとつは彼女が男並みの知性をもつことについて、ひとつは彼女が魅力的ないい女であることについて。「女にしておくのは惜しいようだが、女であるのはよろこばしい」(187頁)という評が端的にその二面を示していますが、別にこの二つは矛盾しません。男と同等であるとはつまり、男並みのものの考え方をもつことができるということでしょう。そしてこの小説中における「一級」の男達の思想とは、前述のような理由から、揃って「保守反動」的なそれである。よって彼らの仲間として承認されるためには、彼らと同様の「保守反動」的な考え方を持てばよいわけで、その「保守反動」的思想のうちには無論、保守的な女性像をよしとする思想も含まれます。であるから「桂子」は、そのような女性像としてあればよいわけです。つまり、美しく優雅で古風な「女らしい女」としてあること、そしてそこから外れる「麻紀子」のごとき女を彼らと一緒に軽蔑することが、そのまま、賢明な「一級の男と同等の女」であることにつながるわけです。
それにしても、「一級」の男たちが「桂子」を讃える一連のホメホメ場面は、実はこの作品で最大の見所なのではないかとすら思うほど面白く、「桂子」に自分を準えて読む読者にとっては実にナルシシスティックな気分の良さをもたらすであろうとも思われます。
他の女子学生の様にくだけた服装をすることを嫌う「桂子」を、男子学生(アンチ全学連の好男子)が「いつもはきだめに鶴一羽といったふぜい」「いいんだよ、あんたが全共闘の女の子みたいにジーパンはいたって似合いっこないんだから」と誉め、さらには「そんな上等のワンピースを着て」「王女様が御視察にいらしたよう」とまで言い、桂子が「これ、普段着です」と返す(80頁)、なアんてくだりは、厭味を通り越してもはや気恥ずかしいような清々しいような。男子学生のみならず、「造反教官」除く教員陣も「桂子」の才色兼備をベタ誉めですし、父親までもが、三人の娘の中で「ほんとの娘はおまえだけのような気が、前からしている。あとの二人は附録みたいなものだ」(186頁)などというのです(註4)。 妹にしてみればひどい話ではないか。「桂子」の妹は殆ど物語に登場せず、姉と違って現代っ子であることが匂わされる程度です。
この「桂子」の承認のされ方を、「女である者がどんなふうに社会に認められるか問題」のひとつの答えとすると、思い出すのが同時代の連合赤軍事件です。(連合赤軍の一連のリンチ事件と『夢の浮橋』の発表は、ほぼ同時代です。) 連合赤軍において、「女性性」なるものがどのような扱いを受けていたか、ということはその後しばしば議論に上るところのようです。
先に永田洋子の名を挙げましたが、彼女の回想手記には、「女」であることをめぐる以下のような記述が見えます。
「女の人は男の人以上に頑張って闘っていかなければならない」
「女性兵士は男性兵士以上に努力しなければならない」
(『十六の墓標』1983、上228頁・下93頁)
「女の人の場合には、身につけるものとか動作とかに問題が表れるのだから、そういうところをもっている人は今のうちに総括しておきなさい」
「あんた可愛すぎるのよ。(略)男にこびる方法を無意識のうちに身につけてしまっている。(略)このことを総括しなくちゃだめなのよ」
(同、下257頁)
彼女は、ある「女性兵士」が「女性性を乗り越えられていない」ことを理由に、自分で自分の顔面を殴ることを命じるなどして「ブルジョア的な女性としてのプライド属性を解体」 させようともしました。永田は、自分達が「女性であることの自覚それ自体をブルジョア性と見なし」 ていたのだと回想しています(『私生きてます』1986、241頁)。永田洋子にとって、「女性性」なるものは、乗り越えるべきもの、まさに struggle の対象であったわけです。
(余談ですが、彼女がそうして「女性性」を乗り越えるべく struggle していた――その方向や是非はともかくとして――ことを考えると、事件を永田の女性特有の執拗さ、底意地の悪さ」に起因するものであるとした、中野武男という裁判長による判決文は、単に女性蔑視的というのみならず、悪意のようなものを感じます。)
さて彼女たちの失敗を受けて、ウーマン・リブの女たちは言ったのは、
「プチブル女が資生堂で化粧する時、新左翼の女たちはマルクスで化粧してきた」(1972)
(『資料 日本ウーマン・リブ史�機拆捷疇化馘后�溝口ら編、1991、339頁)
ということでした。すなわち、一般社会の中であれ左翼セクトの中であれ、その中で承認を得ようとすればどちらにせよ男に媚びねばならぬのだ、という有り方を告発したわけです。その媚び方が、従来型の「女らしい女」であることで媚びるのか、それとも「男並みの革命家である女」であろうと努力することで媚びるのか――つまり資生堂かマルクスかの違いだけだ、と。「女性性」を乗り越えようと苦闘した永田洋子も、そのことによって男たちに認められようとしたのだということにおいては、結局男に媚びざるを得ない女の一人に過ぎなかったのだ、というわけです。革命と言いながら、女を男に対し劣等とする既成の価値観は乗り越えられていなかったのです。
これは苦しい闘いです。女性性を乗り越えることで男に承認されようとする、というやり方は、どちらへ転んでも辛そうだ。失敗すれば敗北、成功すれば矛盾。
この永田洋子の苦しい闘いを思えば、「桂子」が「保守反動」を選ぶことは、たしかに洗練された、賢明な戦略であるのでしょう。女として認められることで男たちの仲間入りをするというやり方は、女性性を否定することで男に媚びるというやり方よりも、矛盾も労力も少なそうです。(現代でもしばしば「愚かでヒステリックなフェミニスト」のやり方に対する、クレバーな女性のあり方として推奨されるやり方ですよね。ファッキン。) よって、「桂子」の「保守反動」は、社会的な思想としてのそれではなく、あくまで彼女の自己特権化に奉仕するものであるといえます。
して、「桂子」は、愚直に struggle する全学連の学友を、悠然と見下します。
全学連の運動が盛り下がった頃、「桂子」は文化祭で学友の姿を見つけます。「麻紀子」は文化祭の模擬店で「エプロン掛け」で玉蜀黍を売りながら、居心地悪そうに笑っていたのでした。「麻紀子」が「長く垂らしていた髪をいまは清潔に上げている」ことに対し、「桂子」はうれしく思います(147頁)。なんだかずいぶん上カラ目線やないか……と思いますがこの目線はまるで、あの、「女性性を拒否」していた女性が「治癒」し女らしい服装をするようになったのを記述するときの治療者の視線を思わせませんでしょうか?
そして、これもまた、私が16歳のときに知った気分に似ています。
「女性性を拒否」すべくスカートを嫌ってみたり男言葉を使ってみたりと格闘していた過去の自分に対する、「こんなラクなやり方があるのにねえ」という含み笑いの気分です。そんなふうに struggle せずに、受け容れたふりをしておけばよいのにねえ。「あえて戦略として女性性をまとってみせる」ということを先述の如き時代の雰囲気の中で学んだ私は、過去の自分のみならず、かつて愚直に struggle した女性たちに対しても、優越感を感じたものでした。たとえば中学時代の愛読書であった『二十歳の原点』(高野悦子、新潮文庫)には、悦子さんが自らの性に苦悩する記述がありましたが、ああ、そんなに悩まないでよいのにねえ、今ならもっと賢い方法が見つかったかもしれないのにねえ、とあたかも自分という個体の中で、60年代から90年代への女たちの系統進化がヘッケルの反復説的に展開されているように感じたのでありましたが、だがそれは、ほんまに「進化」であったのか。
私はパロディとしての「女の子」を演ずることで、周囲を韜晦しているつもりでありました。しかし、パロディがパロディでありつづけることは意外に難しいと思うのです。
(そもそも「女の子のパロディ」であることができること自体が、一定の女らしい外見・属性をもつものの特権であり、パロディの困難などはその特権のうえでの困難ではないか、という向きもありましょうが、Y氏の言い方を借りるなら、私はここで、私の話をしているのである。)
パロディとは本来、何かを模倣することでそれをずらす役目を果たすものであります。ですが一方でパロディは、パロディとして始まった起源をいつしか忘却したり忘却されたり、結局大きな力に取り込まれたり、ということもしばしばあると思うのです。たとえば「あえての保守反動」だったものがいつしか当たり前の支配的な時代の言説になってしまったり。
そうなり果ててしまったらば、それはたとえば、昔の昔にリヴィエールが 「仮装としての女性性」 と呼んだ防衛機制と、またぞろ同じものではないのか? あるいは、「女の子は肩肘張らずに甘えればいいのにねえ」 とかいう巷のしょぼい処世術とどう違うのか?
『夢の浮橋』以降も倉橋由美子は作品を書いていますが、実は私は、これより後の彼女の作品には、殆ど興味が持てませんでした。
単に個人的な好みでもありますが、この興味のもてなさは、「ハッピーサマーウェディング」以降のモーニング娘。に全く興味がもてなかったのと似ております。完全な余談ですが、出てきた当初のモー娘。には、私は(まったく勝手な)共感をいくらか抱いていたのでした。「サマーナイトタウン」とか「抱いてHOLD ON ME!」とかの不健康な佇まいと、B級感に。当時の彼女らは、いい意味であざとくて攻撃的で、パロディとしてのファザコン娘を演じてる感じがしたのですよね。それが、
「あ〜♪父さん母さん(はいはい)♪ あ〜♪ 感謝してます(はいはい)♪」
で、ひじょーにがっかりしたのを覚えています。
男心を手玉にとってのし上がってきた場末の娘が、結局、優しさしか取り柄のない(たぶん)証券会社の杉山さんに落ち着いて、「やっぱり女の幸せは平凡な結婚よね」と言うてるみたいな。しかも、「父さん母さん♪」とは言ってるけど明らかに父さん重視の、ふつーに日本のお父さんたちに喜ばれそうな詞。なんだこれじゃふつーの可愛いファザコン娘やん、つんく♂め!と思ったものです。
まあそれはどうでもよいとして、しかし、あ〜父さん母さん♪を聴いたときに感じたのと似た感慨を『夢の浮橋』の後の作品には感じたのでした。
この後の作品群にも「桂子さん」は登場するのですが、この後の作品はそれこそ、有閑階級の人々が典雅な世界に漫然と遊ぶ、というような趣になってしまっておりどうも付いていけず……。勿論、基本的なテーマは共通していたり、倉橋由美子特有の毒や皮肉は効いていたりしますし、夢や官能を描く筆致は美しいのですが。しかし、私が倉橋作品の核として享受していたものが、すっかり薄まってしまっているのです (それは作者の意図なのでしょうが)。
核として享受していたものとは、先に「L」に見たような、「あえて・パロディとして私は女性性をまとうのだ」というところでした。そうして、パロディであることであなたがたを裏切るのだ、という含み笑いの気分。この「あえて・パロディとして」の部分が『夢の浮橋』より後の作品ではずいぶん薄まってしか感じられなかったのでした。逆にいえば「桂子」には、ぎりぎり、それを感じるのです。
作中に挿まれる「ハンガー・ストライキ」の場面は、「桂子」が「L」の末裔であることを示唆します。
大学による退学処分に反対してハンストを行なう男子学生が、夜中に飲み物を飲んでいることを知った「桂子」はこう言います。
「いんちきなのね。断食行者なら一月や二月は平気だそうよ」(70頁)
そして、「餓死するまで闘うぞ!」という立て看板に失笑を覚えますが、その後「ハンストという自己限定的な戦術を封鎖へと拡大」するという口実ですぐにハンストが終えられたことを知り、「ほんとうにハンガー・ストライキをやる気があったかどうか疑わし」いと不愉快を感じます(74頁)。
この桂子の言葉は、「本当のハンガー・ストライキ」を知る者から、「偽物のハンガー・ストライキ」をしている者への批判のように聞こえます。
ここで、「断食行者」という言葉が持ち出されるとき、カフカの「断食芸人」 が意識されているはずです(かつては「断食行者」のタイトルでカフカの翻訳が出されていました、また倉橋さんにはカフカの翻案がいくつかあります)。 カフカの断食芸人は、断食の末、餓死したのでした。そして「桂子」の知っている「本当のハンガー・ストライキ」が、そのような、死に至るまでの断食であるとすれば、それは、食を拒否した末に自死に辿り着いた「L」のそれでもあるのではないか。
「L」は、「女性性」をパロディ的に過剰化することで自分自身ごと「穴」と化し、そして彼女は結局、身体の消滅に至ったのでありました。一方「桂子」もまた、男に賞賛されるような女性像を受け容れていますが、それも結句、それを以って男と同等になるための手段に過ぎない仮装であるならば(註5)、それはいわばファルスとしての女性性とでもいうべきものであって、もしも仮装でない女性性というものがあるとすれば 、そういうものは、不在=「穴」のままです。
私が思い出すのは、やはり自分の高校生の頃のことです。「パロディという方法があるのだ」と気付いた。皮下脂肪を落として少年になろうと struggle することはもうやめた、女の子らしいねと誉められることを愉しむことにした、だがそれは逆説的にダイエットの感覚に似ていた。つまり、自分が外身だけの空洞になっていくような感覚です。すなわち「桂子」もまた、「L」と同様の「身体をなくすこと」を実践しているのであり、上のハンスト批判の台詞を私は、「私こそが本当の断食行者なのである、私はLなのである」という告白として読んだのでした。
物語の結末にも少し触れておきます。
ハッピーサマーウェディング、ではありませんが、「桂子」もまた、物語の後半で結婚をします。
というか、『夢の浮橋』という小説は、全編が「結婚(とは何か)」というテーマをめぐるものであります。
いや、初期の倉橋作品のほとんどが、このテーマをめぐるものだといえましょう。倉橋作品の中で「結婚」は一貫して、社会的仮面を獲るためのひとつの契約として描かれます(註6)。それは、私情によらず class の釣り合う者同士によってなされるべきものです。この結婚観に対するものは何かといえば、それは、愛する者同士が恋愛に基づいて結ばれるべきであるという恋愛結婚でありましょう(それはしばしば倉橋作品の中では「野合」と軽蔑的に呼ばれます)。
そうした結婚観――結婚とは野合ではなく、class の釣り合う者同士によってなされるべき社会的行為である、という結婚観――をもつ桂子は、恋人との結婚が親の同意を得られないと分かれば、struggle することなくあっさり諦めます。彼女にとっては結婚とはそういうものなのです。しかし、結婚とはclass の釣り合う者同士によってなされるべき、という一見保守的なこの論理は、すなわち、class の釣り合う者同士でさえあれば相手は互換可能であるということになり、swapping、夫婦交換の可能性が匂わされながら物語は閉じられます。
このラストは、「どこにもない場所」での、「L」のやり方を思わせます。
「L」は、治療を受け容れ、結婚を受け容れ、女性性を受け容れるように見せかけて、自死し「身体をなくし」たのでした。
それと似て「桂子」は、保守的な結婚という制度に過剰に適応することで、一夫一婦の結婚制度を内から破壊するのです。
しかし、「L」は、仮装に耐え切れなくなったかのように、結婚発表後に自死しますが、「桂子」は結婚して生きのびてゆくわけです。この結末を思うとき、「ハンストという自己限定的な戦術を封鎖へと拡大」するという口実でハンストを中断した学生の姿は、「L」の末裔でありながら結婚して生き延びる方向へと戦術を拡大した「桂子」の姿に重ならぬでしょうか。
ところで、私はこの文章で、「パロディとしての女/女性性」という表現を多く使いました。上でも、「桂子」においては「仮装でない女性性があるとすればそういうものは不在のまま」であると述べました。パロディ、仮装、といった言い方は、オリジナルであるところの「女」がどこにあることを想定した言い方ですが、しかしそもそもそれってなんなのか、そんなもんあるんか。ここで、「女は存在しない」とかいうラカン先生の言葉を(じつはあんまよく理解してないまま)引いておくのは簡単であろうけれども、それはしないでおきましょう。
註1)
この頃、彼女は過去の自作を、「文学少女の文学」と呼んでいます。彼女の用語法では、「文学少女・文学青年の文学」と「士大夫の文学」という対立軸があり、後者は前者に対し成熟したものとされています。前者の代表が、日本の私小説などであり、それらへの嫌悪はそれまでの倉橋作品にも顔を出していたのですが、この頃から自作においても明確に「士大夫の文学」が目指されるようになりました。参照される海外文学も、それまでのカフカやカミュから、オースティンや中国の古典に変わりました。『夢の浮橋』にも、造反教官らの巣窟である「文学部」がディスられる場面がありますが、そこには作者の「文学少女・文学青年」への侮蔑と嫌悪が投影されていると思われます。
註2)
差別主義、と呼んでもよさそうなこうした「class」主義や、倉橋作品の「保守反動」性は、新左翼の活動が華々しかった当時こそ挑発的であったのかもしれません。また戦後民主主義のタテマエを露悪的に暴きえてもいたかもしれません(作者にそんなつもりはなかったでしょうが)。しかし、左翼運動もすっかり下火になってむしろ保守が支配的気分となり、一方で格差問題が日々云々され平等主義のタテマエなど誰も信じちゃいない昨今では、それはもはや挑発性を失った陳腐なものに見えます。72年にも既に、柄谷行人の「ありふれた反スターリニズム的認識をファッションの新しさで活かしたという程度」の「器用さ」を持った作家に過ぎないという批判がありました(『意味という病』講談社文芸文庫、138頁)。しかしやはり、私は、それだけで済まされぬ輝きを彼女の作品に見たのです。
その輝きとは何か、ということは説明しようとしてなかなか説明し難く。「作者が女性であり女性が弱者である当時において、強者に同一化することが一つの戦略であったということでは?」 と或る知人は言っておりまして、上で私もそのようにもとれることを書きました(しそのような面もあると思う)が、しかしやはりそれだけではない何かがあると思うのです。
そしてそれが、「少女」的ななにか(あまりにも雑駁な表現であるが)と結びついているであろうことはたしかであって、たとえば前にも挙げた名著『少女領域』において高原英理さんは倉橋由美子の『聖少女』を、「高慢(と自由)」を求めてきた少女の系譜の一到達点として位置づけておられます。
また、このアンチ平等、「class」主義の美学をのちに分かりやすく書いたのが、以前にも触れたオトメのカリスマ・嶽本野ばら氏です。たとえば彼が2000年代に書いた作品におけるこんな台詞は、倉橋の「class」の上手い解説になっていると思うのです。
「私はね、現代という時代、自分が生きる二十世紀から二十一世紀という時代が好きではないの。特権を認めようとしない心の狭い時代だわ。民主主義、共産主義という平等への疫病が蔓延した時代。そんな時代に美しさなんて存在しない。美しさとは極論をいってしまうなら、ある意味において、差別の果てにあるものなのよ」(『鱗姫』小学館、25-6頁)
「先ずは差別すればいい。醜悪なものを醜悪なものとして、差別すればいい。それが内面に関することでも外面に関することでもどちらでも同じこと。美しいものを素直に美しいと感じるように、醜いものを素直に醜いと感じればいい。――現代を私が嫌悪し続けるのはね、醜いものを醜いという感情を拘束し、体面で糊塗することが人間らしさだとされる時代だからなの。その結果、異形のものは全て闇に葬られることになった」(同、119頁)
これは、倉橋さんのエッセイのこんな文章にそっくりです。
丁稚も小僧もなく、女中も車夫馬丁もなく、勿論乞食もなく、万人が自分を中流だと思えるような世の中はどこか異常、と言わないまでも大いに滑稽であると言うべきではないか。乞食がヒッピーと称して優雅に生きていけるほど温暖豊饒な経済は人間の健康にかえってよくないのである。乞食が乞食らしく人の情けにすがって生きていかなければならない世の中を私は好む。(『磁石のない旅』講談社、1979. 254頁)
そして両者とも、この「差別主義」は、現代という時代へのアンチになっています。ただしそれは、現代が嫌だから昔の身分制の時代に戻ろう(または昔の教育勅語の時代に戻ろう、とか)的な安易な「保守反動」とも微妙に違って、そこで求められているのは依然どこにもない場所であり、私が感じた「輝き」は、きっとそこらへんにあると思うのです。
ところでしかし、嶽本野ばらの主人公たちは自らはむしろ差別されるものであるという点で、倉橋由美子のそれとは違います。上記の台詞の主である女性は、自らが差別の対象である業病の罹患者です。そこんとこが、嶽本作品がほんのり人情ものテイストを漂わせている所以であり、現代においてエンターテイメントとして受け容れられた所以であるのでしょう。
註3)
もうひとつ。本文では、作中において struggle するものは嘲笑され侮蔑される対象であるというように表現しましたが、「桂子」は実は常時悠然と嘲笑しているわけでなく、しばしば激しい怒りを表しもします。「桂子」が「全学連」に対し激しい怒りを表すのは、この後に述べた唾を吐かれる場面ですが、それに加え、作品の中で繰返し冷たく揶揄されているのは、「全学連」やその周辺の者たちの語彙の貧困です。語彙の貧困とは、たとえば起きた事象を予め用意されたいくつかの紋切り型に押し込めてしまう態度であり、「桂子」の怒りは、そうした態度の傲慢さに向けられているといえます。もっといえば、彼らが言葉の世界において struggle しないことに向けられている、といえるのでないでしょうか。そしてこうした怒りは、倉橋由美子のデビュー作である「パルタイ」から一貫して続いているものでありましょう。
無論いまや左翼運動をそれが「紋切り型」だというだけで否定することもまた紋切り型に成り果ててはいるのかもしれませんが。しかし、このような怒りが、「L」の、己の理想の「どこにもない場所」を卑俗な文脈で理解されることへの拒否とその果ての自死につながっていることを思うとき、私はやはりそこに一点の輝きを見るのであります。
註4)
ただし、「桂子」は父の実娘でない可能性が匂わされており、この父の台詞がそれをふまえての台詞である、ということは記しておきます。
註5)
「桂子」の仮装を裏切るもののひとつが「書く」ことです。彼女の文字は「女の字とも男の字ともつかぬ」ような字体であるとされており、「桂子」の仮装のゆらぎは、文字において現れます。
勿論これは本文中で挙げたような、「桂子」が男性的美点と女性的美点を併せ持つことの表現でもあるのでしょうが、同時に、「書く」のは女の仕事でないという公式が倉橋作品の中に頻繁に現れることを考えれば、「桂子」の女性ジェンダーのゆらぎであると考えられるのでないかと思います。
たとえば「結婚」や「妖女のように」は「女が書くこと」をテーマとした作品ですが、その中で書く女たちは、妻としての自分と作家である自分とを切り分け、後者を「男の部分」と呼び、夫や結婚生活とは無関係のもの・むしろそれらを脅かすものとしています。そこで現れる「第三の性」「女の形をしたばけもの」といった言葉は、皮肉にも、かつて永田洋子が自らを回想して述べた「中性の怪物」という語に似てしまっています。
註6)
一見保守的なものに見えるこの「結婚」観は、しかしその時代背景を考えるとき一層興味深く思われます。
「結婚」をめぐる一連の作品が書かれた頃は、恋愛結婚が主流になりつつあった時期です。「1959年の結婚」を経て、我が国では60年代に恋愛結婚の件数が見合い結婚の件数を上回りました。
だが、「恋愛結婚」の多くは、純粋に「恋愛」のみに基づいているわけではなく、たとえば、経済的条件・家柄その他が関与していないことは稀でありましょう(婚活時代の昨今再びそれはますます露になっていると思われます)。 また、「恋愛結婚」もまたひとつのイデオロギー、ロマンティック・ラブ・イデオロギーとかいうやつに基づいていること、そしてそのイデオロギーが、国家政策や優生学と絡み合いながら発展してきたものであること(この過程は、加藤秀一『恋愛結婚は何をもたらしたか』(ちくま新書)に詳しい)、を考えれば、倉橋作品における「結婚」は、そうした実利やらイデオロギーやら無批判にごっちゃにして「恋愛」とラベリングするがごとき愚昧な姿勢と語の用法を、拒絶し拒否するものであるのでないかと思います。
そういう意味で、倉橋作品は、「婚活」なんて語が流行し(ていながらそれが相も変わらず無批判に「恋愛」と結び付けられている)今こそ、読み直されるべきでないかと考えます。
ところで、「恋愛結婚」がこのような不純なものであるとして、絶対的に純粋なものは、「L」と「K」の関係性です。「『L』と『K』は精神的双生児である、しかし、『L』は社会的人物であるところのSと結婚する」というのが倉橋作品における「結婚」のフォーマットですが、この図式が、(おそらく作者の意図を裏切って、)私の中の或る種少女漫画チックなロマンチシズム、エロチシズムや、「星影のワルツ」的おセンチを刺戟してくることも否定できません。だから、この図式が端的に現れる「結婚」という作品(「どこにもない場所」と『夢の浮橋』の間に書かれています)にて、「L」が殺シテと口走るラストには滂沱せざるをえませんし、「どこにもない場所」でも結婚を報告した「L」が自死する前に、「K」と目を見交わす場面でも同様です。それは結婚に当たっての内なるアニムスとの決別の場面であるともいえるでしょう。そういえば『夢の浮橋』が、いろいろ思うところはあれども好きな作品となったのは、「桂子」の「姦通するために結婚します」という台詞ゆえでした。
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