クロアゲハのヌラ子(1997)
クロアゲハの幼虫と、ナミアゲハの幼虫はソックリです。私は、ナミアゲハと思い込みその幼虫を飼っていたのですが……。
以下、私の幼虫歴において最も思い出深い幼虫であるところの、ヌラ子ちゃんの飼育日記:名付けて「ヌラ子日記」(そのまんまやん)を紹介します。
●97年 5月19日:ヌラ子登場●
今年も隣の路地でアゲハ幼虫を4匹捕獲してきました。シューアイスモナカの箱に入れました。4匹ともまだ小さく1〜2齢くらいです。いちばん小さな意のは、3mmくらいしかありません。黒色ですが、いちばん小さいのがなぜか、すこし橙がかっている気がします。
(注:この時点ではまだ「ヌラ子」という名はなかったが、この、独り毛色の違うみにくいあひるの子が、のちのヌラ子である。)
●5月23日:ヌラ子育つ●
みんな大きくなりました。いちばんちいさいやつも、細いながらも1cm弱くらいまで成長しました。でも、相変わらず色が変です。橙+黒です。これもアゲハなのでしょうか? 元気そうではあるのですが。
●5月29日:ヌラ子よく食べる●
幼虫たちはよく食べます。幼虫たちをシューアイスモナカの箱から、大き目のケースに移しました。母の教示により、餌であるカラタチの枝は、切った根元を水を含ませた脱脂綿にくるんで立てておくと長持ちする、などの知恵を得ました。
今日は雨がふっていたので、えさとりの際、カラタチの木にはりついているナメクジの大群に遭遇しました。
(注:筆者はあおむしは可愛がるが、ナメクジ恐怖症である。)
●6月1日:ヌラ子謎めく●
4匹のうち3匹は脱皮して、かわいい五齢幼虫になりました! 今は彼らの間で、フン遊びが流行っている模様で、みんなよく、フンつかみ・フン投げなどに興じています。
残る黒色はいちばん小さいやつだけですが、彼も、背中の黒い皮の下に緑色がすけているので、もうすぐ脱皮するはずです。ただ、彼は頭部が他の3匹より大きく、色もちがうので、元気に育つのか心配です。思えば、うちに来た時から体色が少し違いましたが……。
感動的(?)なヌラ子の話題の次は、少々かなしい蝶の話です。
もうひとつ、命半ばで尽きた幼虫さんのことを書きます。
さて、みみちゃんの遺体はしばらく安置していたのですが、その際、腫瘍のようなもののあった部分が黒変しているのがはっきり見てとれました。明らかに、病巣はそこであったのでしょうが、その正体は何だったのでしょう?かわいそうなアオスジアゲハさん(1996)
ヌラ子の一年前のことですが、夏、琵琶湖湖畔の高架下の楠の葉に、見慣れない幼虫をみつけました。
形は小柄でころんと可愛く、ちっちゃなツノツノが6本とがっています。持参していた図鑑で調べると、どうやら「アオスジアゲハ」の幼虫のようでした。
アオスジアゲハは、街中でも頻繁に見かけます。珍しい蝶ではありません。黒地に、エメラルド色の帯のあるきれいな蝶です。幼虫の食草はクスノキ科。クスノキも、近くにたくさんあります。これなら家で飼えそう、ということで連れ帰りました。
このアオスジアゲハの幼虫も、ナミアゲハとはまた違ったかわいさがありました。
体色はナミアゲハよりやや薄めの鮮やかな黄緑色で、6本の突起はきれいな蒼色です。
まだ2齢か3齢くらいでしょうか、少し小柄なので、全体的に可憐なかんじです(注:アオスジアゲハは、1齢時代のみ黒色で、2齢以降が緑色です)。ちいさなお手々で葉っぱをもってしゃりしゃりかじる様子も愛らしく、「これがきれいなアオスジアゲハになるのね、うふふ」と思いつつ眺めていた、のですが……。
なぜかこの幼虫さんは、日増しに元気がなくなってゆき、補給していたえさ(クスノキの葉)もあまり食べなくなってしまいました。それと同時に、身体が縮んでゆき、色もくすんで悪くなっている気もしました。気のせいかな?とも思っていたのですが、一週間後には重態に陥り、美しかった蒼いツノツノも元気がなく、あざやかな体色も黒ずんでしまいました。
なんぼ食べへんというてもいつかは食べてくれるやろ、という期待をよそに、この幼虫さんはついにまったくえさを口にしなくなり、触っても反応が無く、捕獲から約10日後、結局弱って亡くなってしまいました。しかも、うちに来た時よりひとまわり縮んでしまって非常にかわいそうでした。
かなしいけれどこれも神の思し召し………などというわけはなく、何らかの理由のためだったのでしょうが、何が悪かったのか謎のままです。お尻にフンをくっつけたまま(排泄しきれていない状態)だったので、消化機能がおかしくなっていたのかもしれません。
突然環境を変えたのが悪かったのか、変なものを食べさせてしまったのか、はたまたもともと病気だったのか。環境のせいだったのなら、アオスジさんには申し訳ないことをしてしまいました。これ以来、アオスジゲハをそだてたことはまだありません。
そんなわけで、街でアオスジアゲハをみかけると、「あらきれい」と思うと同時に、ちょっぴり胸が痛むのです。
けなげだったみみちゃん(2004)
みみちゃんは、近所のカラタチについていた幼虫さんで、うちに連れてきたときは既に、立派なかわいい5齢幼虫でした。じっと眠っていたところを捕獲したので、うちで目覚めたときに、「ここはどこ?」という様子であたりを見回すのが可愛かったです。
おそらくナミアゲハではなく、クロアゲハかナガサキアゲハかな?と思われました。
(注:ちなみにナガサキアゲハは、この前年に初めて飼育しました。「ナミアゲハだと思ったらクロアゲハだった」ヌラ子と同じパタンで、クロアゲハだと思ったらナガサキアゲハだったのです。幼虫・成虫ともにナミアゲハより大型で、クロアゲハ似です。青少年科学センターに聞いたところによると、もともとは九州地方にしかいないチョウだったらしいのですが、徐々に分布が北上し、ここ10年ほど急速に近畿地方とそれ以北でも確認されるようになったとのことでした。)
とまれ、もう5齢ですのですぐに蛹化し羽化してくれることでしょう。どんな蝶に育つのか、楽しみに待つことにしました。
うちにやって来た日のみみちゃん。
まだ幼さが残るが、なかなかの美人。
さてみみちゃんを飼いはじめての感想は、ずいぶんとまったりした幼虫さんやなあということでした。
まず、やたらとよく眠っているようです。起きて活動しているところにほとんど居合わせることがありません。活動しているときもおっとりとして、あまり動かず、頭部をつんつんしてみても肉角を出すこともありません。こんな内気な幼虫さんは初めてです。また、食欲もないようです。
2、3日後には、壁際でじっとし始め、動かなくなりました。前蛹段階に入るときのような態勢ですが、みみちゃんは5齢といえどまだ若く、まだまだ蛹になるほどの大きさではありません。
壁際で硬直するみみちゃん。
翌日には、また、壁から枝に戻って動き始めました。試しにえさを、みかんの葉からカラタチに変えてみると、少し食べました。
元気がなかったのは、今まで好みでない食草を食べさせていたせいだったのかしら、と思い、みみちゃんの生まれたところへカラタチを採りにいき、たくさん持ち帰って早速ケースに入れてやったところ、みみちゃんに異変が起こっていました。
眼状紋のあたりに、黒っぽい液体が付着しているのです。見ると、床に宿便のようなものが落ちています。宿便は、通常の便と違い水っぽいので、その液状部が付いてしまったのだろうと思い、拭いてやりました。
さて宿便を出すということは、そろそろ蛹になるということですが、それにしては、みみちゃんはずいぶんと弱弱しい気がします。他の幼虫さんはたいてい、蛹になる前に激烈な食欲を見せ付けてくれるのですが、みみちゃんはそうした時期もありませんでしたし、むしろ少し痩せたような気がします。
その数時間後、みみちゃんの容態が急変しました。
さっき枝にいたみみちゃんは、床に落ちてのたうっており、皮膚の下に何か黒い腫瘍のようなものが見え、その部分から黒い液が流れ出ています。体液でしょうか? さっき、宿便が付着したと思った黒い汁も、おそらくこれだったのでしょう。
とりあえず、床から葉っぱの上に移し、様子を見ました。
しかし容態は変わらず、その腫瘍のところでくの字型に折れ曲がり、体液の流出は止まらず、身体は次第に縮んでいきました。もう、最期まで見守る以外、できることはありません。
みみちゃんは、やがて動かなくなりましたが、最期まで、脚を動かすなどしてがんばろうとしていました。「虫けら」と言いますけれども、人間と同じなのだなあ、と思いました。
みみちゃんは、結局羽化することなく死んでしまったので、何になるはずだったのか、分からずじまいでした。
しかし、弱る直前に、一度だけ指に乗ってくれたことがあったのですが、そのときに出した肉角は、ナガサキアゲハのそれに似た色だったように思います。
命半ばで尽きたみみちゃんではありましたが、先もいったように「虫けら」と言えど、私には忘れ難い思い出の虫です。個人的事情としては、この頃生殖年齢後半に差し掛かった自分自身について、繁殖するのかしないのかという問題が前景化し始めた時期でもありましたので、遺伝子は残せないかもしれない・それでも(私の・みみちゃんの)生があったということは事実なのだ・繁殖しなかったからといって生が無意味であるということではないのだ・或いはしてもしなくても等しく無意味なのか...、などということをみみちゃんの人生(虫生)と重ね合わせながら考えたりもし、作家・深沢七郎の書いた「生きるのではなく生きているのです、人も虫もただ、うごいている状態です」という言葉に、しみじみ思い至ったりしたのでした。
幼虫さんの病気
インターネットで調べてみたところ、どうやら、「ヤドリバエ」による被害として紹介されているものと同じでないかと思われます。みみちゃんの病気は、癌のようなものではないかと当初推測していたのですが、そうではなく、寄生によるものだったということになります。病巣が明らかになる以前から、元気がなかったことも、それに影響されていたのかもしれません。ただし、通常、ヤドリバエは自分が羽化することを目的に寄生するのに、どういうわけか共倒れてしまったみみちゃんのケースは、ヤドリバエ的にも失敗であったといえるのでしょう。(本当にヤドリバエなのか、だとすると羽化前に共倒れしてしまったのは何の故なのか、ということについてはまだ分かりません。詳しい方がいらっしゃれば、ご教示いただきたいです。)
なお、これまでに、みみちゃんと同じように身体の一部が黒変し、黒い液を流している幼虫さんを2、3匹目にしたことがあります。ヤドリバエは、あおむし界ではかなりポピュラーな災難であるようです。
同様にポピュラーなのが、「寄生蜂」による被害でしょう。
これまでに飼育した幼虫さんたちの中にも、一年に一匹は寄生蜂にやられているものがいました。
寄生蜂もやはり、蝶がまだ卵の時代に寄生を始め、蝶が蛹になった頃、羽化した蜂が、蛹の中身を食い破って出てきます。
最初、寄生蜂に遭遇したときは、何が起こったのか分かりませんでした。
やっと蛹にまで育ててあとは羽化を待つだけ、と愉しみにしていた或る日、その蛹がいるケース内で、蜂がぶんぶん飛び回っているのを発見したのでした。外から入り込んだのか?と思いましたが、ケースに蜂の入れるような入口はありません。そしてふと見ると、蛹の皮に大きな穴が開いているではありませんか。蜂がそこから出てきたんだ!と理解するにはずいぶん時間がかかりました。蝶が出てくるとばかり思っていた蛹から蜂が出てくるとは、まさに寝耳に蜂です。
寄生は卵時代に始まるわけですので、幼虫さんをどんなに守ってあげているつもりでも、こればかりはどうしようもありません。そしてもしも寄生されていたなら、折角蛹まで育てても、まず成虫になれることはありません。ですから、幼虫さんを捕獲したなら、「どうか寄生蜂に寄生されていませんように」とただ祈るばかりです。
蛹になって、あれおかしいなアなかなか羽化しないなア、と思ってたらそのうちに蜂が出てきた! というときの気分は、あれおかしいなア今月なかなか始まらないなア、と思ってたらそのうちに悪阻が始まったあっ、というときの気分に近いでしょう。
以上で見てきたように、あおむしさんたちは、皆が皆無事に蝶になるわけではないのです。
室内飼いにしますと、野生状態のような天敵や天候の影響からは免れます(注:野生状態では、お気に入りの幼虫さんを見つけても、翌日には、鳥に啄ばまれて姿を消していたり、強い雨に流されてしまっていたりして、悲しい思いをすることがしばしばあります)が、上記のように卵時代の寄生被害を防ぐのは難しいですし、かわいそうなアオスジアゲハさんのように原因不明の衰弱で死に至ることもあります。
他には、蛹期間のトラブル(何かの弾みで地面に落ちるなど)によってちゃんと羽化できなかったり、ということもありました。
幼虫さんたちは、ぽってりと図太い生き物のように見えて、実はデリケートな生き物だと思います。そして、なかなかに苛酷な人生(虫生)を生きているのです。しかし、それゆえにこそ、無事成虫となってくれたときの感動もまた、ひとしおなのでありましょう。