ナメに牽かれてモチ詣で

―彦根ひこにゃん紀行―








2007年11月。
「ひこにゃん調停」を翌週明けに控えた週末、わたしとナメちゃんは赤い旗のはためく彦根駅に降り立った。
駅前から彦根城にかけてのメイン・ストリートに延々と立ち並ぶ真紅の幟には、兜を被ったネコの姿が踊っている。「うわあっ、ひこにゃんだらけやっ」。

話は数ヶ月前にさかのぼる。
研究室の先輩であるUさんから、こんなメイルを受け取ったのであった。
「彦根シティマラソンの参加賞で、ひこにゃんTシャツ貰えるらしいよ。走ってくれば?」(大意)
知らせを受けて、彦根シティマラソンオフィシャルサイトを偵察してみると、次のような情報が得られた。
開催日 平成19年(2007年)11月18日(日)
大会会場 滋賀県彦根総合運動場多目的広場および周辺道路

留意事項
1. 本大会は、心身の健全育成と相互親睦を目的とします…
2. 雨天決行です。…
……
……
10. 名物の「ぶた汁」を無料サービスします。ひこにゃんが登場します。

ひこにゃんが登場します
ひこにゃんが登場します
ひこにゃんが登場します

その一文が目に入ると同時に、反射的にナメちゃんにメイル。「彦根シティマラソンに出よう!」。と言ったはいいものの、わたしはかけっこではほぼビリ以外になったことのない運動音痴。ナメちゃんも、体を動かすのがそう得意な方ではない。しかし、ナメちゃんからは即返事。
「モチTシャツ!?生モチも来る!? 絶対走る!」。
かくしてわれわれは、ひこにゃんとひこにゃんTシャツのため、シティマラソンに出場することになったのだった。

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ここで解説すると、「ひこにゃん」とは、2007年に築城400年祭を迎える彦根城PRのために、前年2006年にデビューしたマスコット・キャラクタである。
彦根藩主・井伊直孝を手招きして雷から救った猫がいた、という伝説がベースになっており、井伊軍団のシンボルである赤い兜をかぶった白猫というデザイン。彦根の「ひこ」+「にゃん」という安直ながらも絶妙なネーミングは、一般から公募したもの。著作権使用料フリーで、地元の業者や個人がそれぞれ市に許可を申請すればグッズを作れる、という試みも画期的であったらしい。彦根城には連日着ぐるみ……いや、実物のひこにゃんも出没するようになり、一躍人気者に。

そのひこにゃんの存在を教えてくれたのが、ひこにゃん似の和菓子屋・ナメちゃんであった。
ナメちゃんは、さすが似ているだけあって何らかのアンテナが働いたのであろう、まだひこにゃんが無名の時期に彦根へ行ってひこにゃんに会い、ひこにゃんグッズをお土産にくれた。
その時点では、よくあるローカル・キャラだろうと、さほど気にしてもいなかったのであるが、数月経た2007年夏、ふと思いついてウェブで検索してみたところ、ひこにゃんは飛躍的進化を遂げていた! どうやら彦根には、町の至るところにひこにゃんが増殖しているらしい。そして当のひこにゃんは、当初はよちよちと動くだけであったのが、「ブートキャンプ」だの「イナバウアー」だのといったダイナミックな芸を披露し始め、そのお茶目な仕草で彦根城を訪れる客のハートをワシヅカミにしているという。ファンは、ひこにゃんを「モチさん」(白くてふにふにしているところから)、特にお城に出没する実物ひこにゃんを「生モチさん」と呼び、「エサ」(差し入れ)を携えて、全国各地から「モチ詣で」に集っているのだという。

  
左:ひこにゃん(絵に描いたモチ)    右:実物ひこにゃん(生モチさん)

動画サイトにて、ビリー隊長の動きを真似て短い手足を回転させるけなげなモチさんを見ているうちに、わたしも、不思議な胸のときめきを覚え始めた。嗚呼、このモチに会いたい!

よし、400年祭閉幕までには彦根へゆこう、と決めたところへ、上記のUさんからの情報であった。
彦根シティマラソンは、3km・5km・10kmのコースがある。折角だから10kmを走ろうと提案したが、「無理」というナメちゃんの強硬な主張によって3kmコースで妥協することとなった。たった3kmとはいえ、普段運動していないわれわれにとっては走り切れるかどうか。普段は顔を合わせれば食べたり食べたりばかりしていたわたしとナメちゃんは、大会に向け二人で走るなど、われわれにしては珍しくがんばり始めた。すがすがしく3kmを走り切り、ひこにゃんに誉めてもらいたい。更に、大会前日に前乗りすることに決め宿泊も手配した。彦根は京都からJR快速で一時間程度だが、開会式は朝早い。ひこにゃんが登場するというのに、遅刻しては大変。それもこれもモチさんのためである。
われわれは時折、ひこにゃんに手をつないでもらってもちもちと走る自分たちや、ゴールテープを切ってひこにゃんのもふもふの腕の中に飛び込んでゆく自分たちを妄想してぽわーんとなったりしながら、練習を続けた。

さてそんなひこにゃん周辺が騒がしくなり始めたのは、築城400年祭も終わりに近づいた頃。
ひこにゃんをデザインしたイラストレータが、彦根市を相手取り調停を申し立てたというニュース。著作権フリーが裏目に出て粗悪品ひこにゃんが出回っているので、そこんとこきちっと監修させてもらいたい、ということらしい。そもそも400年祭終了後の商標の処遇がちゃんと決められていなかったということもあり、下手するとひこにゃん引退もあり得るということで、モチファンにとっても一大事である。どうなるのか、ひこにゃん。
そして、第一回調停は、例のマラソンの翌日に開かれるということだった。

__

彦根駅に着くと、改札を出たところで早速大きなひこにゃんのポスターと遭遇。それだけのことで大はしゃぎ。「わー、ほんまにひこにゃんの街やー!」。だがじきに、いちいちはしゃいでおられんほど大量のひこにゃんに出会うことになる。まず、駅から出るまでの間にも、階段、構内のコンビニ、至るところにひこにゃんポスター。駅を出て、駅前商店街を歩くと、飲食店、美容室、パチンコ屋、服屋、どのお店の店頭にもひこにゃんがいる。
嬉しいことに早くも、「もどき」ひこにゃんに遭遇することもできた。(「もどき」ひこにゃんとは、町の至るところにひょっこり登場する非正規の似てないひこにゃんを指す。無許可だろうが、多くは販促用であり商品でないので問題なさそう。) 手作り感の漂うファースト「もどき」ひこにゃんは、かなり大きめのはりぼて。気合の入った力作だった。境港の鬼太郎ナイズといい、キャラもの町おこしにつきものの、(多くの場合多少空回り気味な)頑張りや文化祭ムードを見るのが、わたしは好きである。あまり似てないけれど一生懸命描かれたのであろう似顔絵などを目にすると、むやみにテンションがあがる。

宿にチェックイン。フロント前の土産コーナーにもひこにゃんが山盛り。フロントの人は妙にフレンドリーで、出かける際には当然のように、「さあ、ひこにゃんに会っといで!」と送り出された。
ただし、この日はもうひこにゃんの出陣時間は終了していたため、生モチに会うのは翌日までおあずけである。(注:ひこにゃんがお城に現れるのは、一日三回、決まった時間のみ。ひこにゃんに体力と持久力がないため。)
とりあえず、市内を散策することとし、城方面へ向かう。大通りに出ると、大音量で音楽を鳴らす車が走り去っていった。流れている音楽は「ひこにゃん音頭」。「ひこにゃん音頭」とは、彦根の幼稚園の先生がひこにゃんをテーマに作曲し、今では彦根中で歌われている(?)という歌である。♪ひこにゃんひこにゃんひこにゃんにゃん、ひっこにゃんひっこにゃんひっこにゃんにゃんっ……♪ たった家から一時間で、まるで文化の異なる国に来てしまったかのようなめまいを覚える。
市役所の壁面には、巨大なひこにゃんの垂れ幕が垂れていた。その隣の、「築城400年祭、閉幕まであと8日」というカウントダウン看板に、少し寂寥。

城前を通ると、ちょうど閉門の時間らしく、モチ詣でを終えてきたと思しき人々がぞろぞろ排出されてきた。皆一様に、もちもちと幸福そうな表情で何かを語り合っている。われわれは、キャッスルロードへ向かった。キャッスルロードとは、土産物店や飲食店が並んでいる観光地である。キャッスルロードへ近づくと、またも音楽が。♪ひこにゃんひこにゃんひこにゃんにゃん………♪ キャッスルロード近くのカウントダウン看板は、なぜか「閉幕まで9日」であった。さっきは8日だったのに。そんな大事なことを間違えるとは!……ナイス。彦根には町内ごとに時差でもあるんか。
何年か前に整備されたというキャッスルロードは、セピア系で統一された美しい町並みになっている。ナメちゃんによると、以前に彦根に来たときは招き猫をシンボルとしていたというこの通りも、すっかりひこにゃんが花盛りであった(まあひこにゃんも招き猫の一種だからいいのだが)。先に述べた通りひこにゃんは著作権フリーであるので、それぞれのお店が、各々の分野のグッズを売っている。和小物屋さんは和布で出来たひこにゃん雑貨、お酒屋屋さんはひこにゃんラベル酒、下着屋さんはひこにゃんパンツ、といったように、さまざまなひこにゃんグッズが競うように犇めいている様子は壮観。ひこにゃんピックを売る楽器屋さんや、200万円ひこにゃん指輪を売る宝石屋さんもあるらしい!

そんな感じで小一時間、それぞれのお店の多種多様なひこにゃんグッズを愉しむ。数々の販促用ひこにゃんも、手作り感満載でアツい。生モチさんが来店したお店は、ご来店写真を店内に貼っており、まるでタレントか皇族のような扱い。


ご真影。神々しい。

笑ったのが、ひこにゃん+キティ(サンリオ)コラボ。キティの寄生力はすごいなア。


ナメちゃんは、旦那さんへのお土産を無事購入することができた。
旦那さんのリクエストは、「ひこにゃんのトートバッグを頼む」というもの。お仕事用に使いたいらしい。そもそもナメちゃんが初めてひこにゃんに会ったのは、夫婦で彦根を訪れたときであった。TV番組で目にしたひこにゃんに心奪われたナメちゃんは、「これに会いに行きたい!」と夫に訴え、その際に夫婦でひこにゃんファンになったとのこと。旦那さんもああいう、もちぽや〜んとしたキャラがお好きなのだという。
わたしは、モチさんのぽやーんとした表情とナメちゃんのぽやーんとした表情を見比べ、「成程」と内心合点した。

友人へのお土産には色鮮やかなひこにゃんてぬぐいを購入。他にも、なかなかオシャレなひこにゃんグッズに関心したり、10万円木彫りひこにゃんに驚いたりと、キャッスルロードというかひこにゃんロードを堪能する。どのお店も、ひこにゃんグッズのコーナーだけは混雑している。ひこにゃん人形を手に、「どっちがかわいいかしら」と真剣な表情の人々。ひこにゃん人形も色んなメーカーで作られているので、メーカーごとに微妙に顔やスタイルが違うのである。
或るお店には、とても良く出来たひこにゃんがあったが、残念ながら非売品。「これいいねえ」「欲しいねえ」と眺めていると、見知らぬお兄さんが話しかけてきた。「これ欲しいよね!」「お店に交渉しようかな!」。
通りすがりの若者同士が言葉を交わす機会は、都会では少ないものであるが、ひこにゃんを介した交流が成立していた。

さてキャッスルロードを一往復もするとお腹が空いてきた。そろそろ晩ご飯の時間である。われわれの関心が、土産物からごはんへと移り始めた。
ナメちゃんに何が食べたいか訊くと、「近江牛!」。お肉は、ひこにゃんの好物(という設定)なのであった…。よし、じゃあ多少奮発しますか、と、ひこにゃんの好物(という設定?)のお店へ向かうと、そこには既に人々が行列を成していた。まさか、ひこにゃんの好物(という設定)だからじゃあるまいな?みんないい年して……と自分たちのことを棚に上げる。
引き続き、入れそうな牛屋を探すがどこも満席で断られ、次第に空腹が限界に近づき始めたわれわれ。「もうなんでもいい」とチェーン店を打診するが、全敗。このときやっと、今週末は、尋常でない数の人々がモチ詣でに来彦しているらしい、ということを悟る。

途方に暮れ、キャッスルロードを去る。空腹のため目の焦点が定まらなくなってきたナメちゃん。話しかけても上の空で一点を見つめている。ナメちゃんのこんな表情が、ひこにゃんに似ているのである。城から離れて少し歩いた商店街へ。ここはそれほどひこにゃんナイズされていない。いかにも昔ながらの地元商店街だが、活気がある。彦根って、ひこにゃんだけじゃなく、こんな地元の商店街もちゃんと活躍してるのだね。そこで素敵な名前の食堂を発見。入ってみると安くて美味しい。切望の牛も食べられた。われわれは「安くて美味しい食堂運」に恵まれている。食堂では、地元の人々が、ひこにゃんについて語らっていた。「ひこにゃんは、来年もいてくれんと困るねん!」。

食物を大量摂取し一気に空腹から回復したナメちゃんは、実に満足そう。おなかが満たされたときのナメちゃんも、ほんとうにひこにゃんに似ている。
自分たちのエサを補給したので、今度はモチ様に献上するエサを買い求め、ホテルへ戻る。

われわれはホテルの部屋で、買ってきたエサと、持参した色紙を前にして向かい合った。
「ほな、書こうか」
実はわたしは、いつもがんばっている生モチさんにメッセージを送ろうと、寄せ書き用の色紙を持参してきていたのであった。「じゃあ、まず私から書く」。モチさんよ、モチさんのために走りにきましたよ、これからもモチモチし続けてくださいよ、そんな思いを込め、真剣にメッセージをしたためるわたし。何やってるんやろ……という思いが一瞬脳裏を掠めるも、熱いファンレターを綴り上げた。「うわー、あんた、マジやなあ」と笑い転げるナメちゃん。ほっといて。
ところがナメちゃんの番になると、ナメちゃんはおもむろに何かを取り出した。「実はモチさんへのメッセージ、書き間違えたらあかんから下書きしてきてん……」。頬を染めるナメちゃん。ナメちゃんのほうが本気だった!

そうやって書かれたナメちゃんの文章は、近年まれに見る立派なものであった。悪筆で鳴らしたナメちゃんとは思えないほど、文字も丁寧。「いつもより漢字を多くした!」。得意げなナメちゃん。
そして、ひこにゃんもドン引きかと思われるイタい寄せ書きが出来上がった。。


モチさんへの「エサ」と寄せ書き(寄せ書き内容は恥ずかしいので非公表)

さんざんモチ話の後、早めに就寝。この日、探偵ナイトスクープ(註1)とあぶらだこ(註2)の話以外は、ほぼモチさんに就いてしか話さなかった二人であった。
註1)前日の放映は、「縄相撲」「百万円」「ゴミ屋敷」の三本。
註2)ロックバンド。


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ナメちゃんとマラソン集合場所に行く。陸上競技場で集まる。うろうろしていると、隅の倉庫前にあるベンチに、ひこにゃんがもったり座っているのを見つけてしまう。思ったより、でかい。上体をぐでんと背もたれに凭れかけている。スキマから、中の人が見えそうだ。「うわー、見えちゃうよ、見えちゃうよ」と思う。ナメちゃんは、ケータイでぱしゃぱしゃと写真を撮る。スタッフの女性が、「選手の方は写真を撮らないでください」と言う。
____

翌朝は、そんな夢で目が覚めた。そりゃあ夢だよなあ、ひこにゃんに中の人なんている筈ないもの!
朝ご飯。デザートに、「キャラメル王国」さんのひこにゃんプリンを食す。プリン表面にひこにゃんの顔らしきものが描かれているだけなのだが、これは「フツーに」大変美味しかった! こちらでまだ買えるかも→ 「ひこにゃんプリン」

いよいよジャージに着替え、初モチ対面にそなえデエトの日にもしないお化粧を施し、陸上競技場へ向かう。選手集合場所に近づくと、ジャージ姿の人々の群ができている。かなり本気っぽい人もいれば、おそらくひこにゃんTシャツを貰いに来ただけの人もいる。人数比は半々程度であろうか。われわれは明らかに後者である。わたしはふざけたピンクのジャージ、ナメちゃんに至っては、肝心の運動着を忘れて寝巻き姿という体たらく。目標も「3km完走」と低ハードル。とはいえ、彦根シティマラソン自体、こういったヘタレにもやさしいイヴェントらしく、会のシンボル・マークからして、カメ。ちなみに彦根は亀に縁があるらしく、駅前にも、神話に由来する亀の石像がある。

受付でゼッケンを貰ってグラウンドに並び、開会式が始まる。既に多くの人が集まっている。後で知ったところによると、ひこにゃん効果なのかこの年の参加者は、例年を大きく上回ったという。
人々の前に、市長など来賓が横一列に並んでいる。「モチ様はまだ?モチ様はどこから出てくるの?」。まだ見ぬひこにゃんにそわそわしすぎてゼッケンも落ち着いてつけられない二人。子供か。
なかなかモチ様が出てこないのでダラけ始め、偉い人による開会の辞を聞くともなしに聞いていたところ、ふと、市長の肩越しに、黄色いツノがにゅっと二本突き出ているのを発見。モ、モチさん? いつからそこにいたの!? ひこにゃんは来賓の中に、違和感を放ちながらぽてっと並んでいたのだった!


来賓の挨拶に続いてひこにゃんとしまさこにゃん(注:ひこにゃんの友達)が紹介され、拍手が起こる。ふよふよと手を振って見せるモチさん。噂に違わぬ可愛さである。それまでざわざわしていた人々も一斉に注目。開会式が終わると、準備体操の時間。なんと、モチさんも一緒に体操してくれることに! なぜかベイ・シティ・ローラーズが流れ出し、そのモチっぽい白いものは、音楽に合わせてふにふにとうごき始めた。

キポーンダンシントゥザサタデナ、
(ふにふに、ふにふに、ふにふに)
サタデナ、サタデナ、
(くねくね、くねくね)

ナッアアッア、アー
(ふにふに〜、ふにふに〜)
さささサタデナッアーイ、
(足を上げているつもりがあんまり上がってない)
さささサタデナッアーイ、
(飛び跳ねているつもりがほぼ地面についたまま)

日曜の朝からフィーバーし過ぎのわれわれ。モチさんの愛くるしい動きに釘付けでもう体操どころではない。ナメちゃん、がまんできなくなったのか、「ちょっと近くで見てくるッ」とついに列から離脱。なお、このときのチャーミングな体操の様子は公式ブログに掲載されている。→公式ブログ

体操が終わり、レーススタートまで少しだけ時間がある。
モチさんは、来賓席の中にぽてっと収まった。周囲には早くも人だかり。その隙間から、大きなモチさんの頭がふよふよ揺れているのが見える。われわれもそわそわと来賓席へ近づいた。
握手を求める人や大きなお顔を撫でようとする子供たちに、モチさんはちゃきちゃきと愛嬌を振りまいている。おひげを引っ張ろうとする子供を、やんわりと止める一幕も。間近でその労働ぶりを見ると、心打たれるものがある。
人垣が薄くなった頃を狙い、そろそろと手を差し出してみると、モチさんはにっこり(?)こちらを向いて、もふもふのおててでふにゅっと握り返してくれた。オオー、モチさんサワッター!! なんとまあ暖かいこと。しかしなんか人間っぽい、想像以上に人間っぽい。ひこにゃんってもしかしてやっぱり、中に人が入ってるのかなア。

___

モチさんに握手していただき、幸先も良くなったところでスタートである。3kmは、親子連れが多いので雰囲気もなごやか。ゆるゆると、国道をお城方面へ曲がる。沿道の応援が嬉しい。体育の授業でのマラソンにはつらかったという思い出しかないが、気を楽にしてみれば走るのはなかなかに愉快なことである。
走り始めるとまもなく、既に折り返してきた人と出会った。速い。その一方で、タイガーマスクに扮装した親子、たぬきの着ぐるみに身を包む人(滋賀だから信楽焼?)、小脇にひこにゃん人形を抱えた人、井伊の赤備え甲冑で武装した明らかに走りにくそうな一団など、速さよりもネタに重点を置いた人々も沢山おり、さながら文化祭であった。
折り返し地点の、お城のお堀に差し掛かる。この日は終始降ったり止んだりの、所謂狐の嫁入りであったが、走っている間はほんのり陽が差していた。風が涼しく気持ちがよい。そんなひこにゃん日和の中の3kmはあっという間で、気がつくとゴールに着いていた。当初「うちは5分以上走れへん」と宣言していたナメちゃんも難なく完走。われわれは見事、参加賞ひこにゃんTシャツを獲得し、誇らしげにそれを着用するのだった。



走った後は、ひこにゃんエプロンの人たちに無料サーヴィスのぶた汁をのふるまわれたり(ちゃんと美味しいぶたが入っていた!)、豪華賞品が続々当たる抽選会を愉しんだり(小学生が大興奮)。こんなサーヴィスしてもろて財政は大丈夫なのかと、他人(他県)ごとながら心配になった。
それにつけても運動嫌いなわれわれが、こんなイヴェントで走るなど、モチさんの存在なしではありえなかったであろうよ。

___

肝心のモチさんは、ご多忙のため閉会式の頃にはもういなくなっていた。
マラソンという課題を終えたわれわれは、再びモチさんに会うためお城へ。
ジャージを脱ぎ、貰ったばかりのひこにゃんTシャツ姿で。バンドTシャツ着て好きなバンドのライブへ、とかやったことないのに、モチTシャツ着てモチ詣でである。無料入城券(これもマラソンの参加賞)でお城に入ると、ちょうどひこにゃん出陣お昼の部に間に合った。出陣スポットの前には、既に行列が出来ている! 行列の終わりには、「ひこにゃん最後尾」と書かれたプラカード。



「ひこにゃん」+「最後尾」。初めて見る単語の組合せである。スタッフの人が「今日はひこにゃん早めに出てきますので」「ひこにゃんもうすぐ連れてきますね」と教えてくれる。これらも人生で初めて耳にするフレーズ。真面目な表情で発音される「ひこにゃん」という言葉に、ワンダーランドに来てしまった感を深めた。

今日はどうやら、モチ詣で客があまりにも多いため、客を入れ替え制にして、一グループずつひこにゃんに会うらしい。ひこにゃん登場場所である博物館内からは、先に入っていったお客さんたちの歓声が聞こえている。コンサートの開演待ちのようにわくわく待つことしばし、われわれもようやく館内に案内される。ほどなくしてご本尊が登場。まず、白いあんよが見え、そしてもちもちした全身が露わになると、一気に立ち上がってフラッシュを焚くひとびと。光を浴びて、白いお顔が余計白くなる。


熱狂ライブの様子


光るフラッシュ


興奮状態の客を前に、くるくるとマイペースに動くモチさん。朝にも会ったばかりだが、やはりそのお姿には自然と口元がほころんでしまう。兜を髪の毛に見立ててかき上げたり、お茶目な仕草を見せてくれる。無表情のはずが、喜んだり驚いたりとまるで表情があるかのように見えるのもスゴイ。「ひこにゃん、こっち向いて!」「ブートキャンプーやって!」などリクエストが飛ぶ。人気者も大変だ。
数分の逢ひ引きはあっという間。モチさんは、また新たなお客さんたちのもとへ引っ張られていった。スタッフに手を引かれて去ってゆくのだが、その際、「名残惜しいでしゅ〜」とでも言うかのようにいやいやしながら手を振ってくれるのも、ツボを心得ている。
そんなわけでご本尊はお忙しいので、エサ(及びイタい寄せ書き)を、スタッフのおじさんに託した。スタッフの方はかなり忙しそうであるにも関わらず、「どこから来られたんですか?」「そのTシャツ、今日のマラソンの参加賞ですよね」など優しげに話しかけてくださり恐縮であった。今回出会った彦根のおじさんたち(ホテルの人、マラソンの人、お城の人)は、皆一様に、「親戚に一人はいる気のいいおっちゃん」のようだという共通点があった。

おじさんと言えば、ひこにゃんに会いにきた客のおっちゃんたちも印象的であった。子供連れなのに子供以上にひこにゃんに夢中のおじさんや、ひこにゃんを待つ間中「ちゃんと会えるかなあ、ツノしか見えんかったらどないしよ」とそわそわ不安げなおじさんや、「ひこにゃんが動きすぎて写真がブレた」とスタッフに切々と訴えるおじさんなど。普段、キャラものなどには興味なさそうなおじさんばかりであるのに。モチさんには、中年男性を夢中にさせる何かがあるのか。

折角城へ来たのであるから、モチ詣でだけでなく、城内も少し散策した。天守前まで登ってみる(天守内にはやはり長蛇の列のため入れず)。二条城と違い、彦根城はいかにも城塞といった感じ。険しい石段を登ってたどり着いたてっぺんからの見晴らしは素晴らしい。幸い、このときも雨は上がっており、目の前に広がる琵琶湖を遠くまで臨むことができた。
お堀の脇では、二期桜が五分咲き。紅葉を背景にして桜を見られるとは贅沢。気になっていた「まねき猫展」も見ることができ満足した。

そうこうしているうちにひこにゃん出陣夕方の部の時間となった。
再びいそいそと「ひこにゃん最後尾」に並びにゆくと、先ほどに劣らず列ができている。今度のモチさんは、バブル期風羽根扇子を持って登場なされた。ふわふわの白い体にふわふわの赤い扇子がよくお似合い。優雅に舞って見せたり、正座してパタパタ扇いでみせたり、口元にかわいく寄せたり、ぱたっと床に落としてみたりと、実に芸達者。

 
ぱたぱた

おすわり

ぱたっ

ラストには禁断の技「モチノコ」を披露してくれた。「モチノコ」とは、おててをお顔の中(?)に収納する技。ツチノコっぽいところから命名されたと思われる。おててを収納してつるりとしたモチさんはますますモチっぽい。


つるり

パフォーマンスの後にはやはり、スタッフに手を引かれて退場してゆくのだが、スタッフが連れにくると引くべきおててがない! 戸惑うスタッフに、「なあに?」てな感じで、つるりとしたまま首をかしげてトボけてみせるモチさんだった。

モチノコも見ることができたし、満足満足。と、帰ろうとすると、いつの間にか外は大雨であった。仕方なく、博物館の軒先でしばらく雨宿りする。するとそこへ、「ひこにゃん最終回でーす!」との声。あと数分のパフォーマンスで今日のひこにゃんタイムは終了なのだ。わたしとナメちゃんは顔を見合わせ、再びひこにゃん部屋へ滑り込んだ。何度もやって来ていい加減モチさんに「こいつらまた来たかっ」と思われていては恥ずかしいので、はしっこでちっちゃくなるわれわれ。
モチさんは、最後まで元気に動き回った。うごうご意味なく歩き回ったりぽよぽよ体を揺すったり。ナメちゃんは、「最後やからしっかり肉眼で見よう」「ああっでもやっぱ写真も撮りたいっ」と葛藤している。確かにモチさんには、カメラ小僧心をくすぐるものがある。
スタッフさんが、「本日ラストひこにゃんですので、たくさん声をかけてやってください!」と言うと、ひこにゃーん、かわいいー、がんばってー、と声が飛ぶ。必死でカメラを構えるおじさんや、最早「かわいー」しか言葉を発しないおねえさんなど、皆一様に幸福そうな表情。モチさんは、いい大人たちを何故こんなに惹きつけるのか。モチなのに。「今日はひこにゃん、たくさん残業もしました!」との解説に、うんうんと頷くモチさん。本当におつかれさま。
投げキッスを繰り返し、礼儀正しくお辞儀をしながらモチさんは去っていった。心からの敬意を抱きつつそれを見送る人々。モチさんは最早、着ぐるみ以上の何かだ!

外に出ると雨は上がっており、彦根の空に大きな虹。
われわれは虹の彼方にモチさんのお姿を思い描きながら、お城を後にした。


↑こんな具合に。

だがこの後は再び、傘が大破するほどの雨と突風に見舞われ、這々の体で京都に帰り着いたのであったが……。

___

さて、その後400年祭も無事フィナーレを迎え、彦根城始まって以来の(?)多くの人が全国から訪れたらしい。モチさんは、招き猫としての役目を見事に果たしたわけである。そしてわれわれの来彦から約ひと月後、ひこにゃん調停も決着を見た。キャラクタ管理の強化ということで、イラストレータと彦根市は和解に至り、愛くるしいモチさんは今後も彦根市のマスコットとして活躍することになったようだ。
どのような種類のキャラクタ管理をイラストレータがお望みなのかはよく分からないし、いずれの側にも、また地元の人や業者にもそれぞれ、大人の事情や或いは思い入れがあるのであろうけれども、一観光客の個人的感想としては、今回の有象無象渦巻くひこにゃん現象が面白かったので、あの雰囲気が残ってくれればいいなあ、と思っている。
至るところで売られているひこにゃんグッズのクオリティはさまざまで、かなり上手に作られたものから「これ、ひこにゃんの絵を貼っただけやがな!」というヒドイものまであったが、そうしたものを「トホホホ」と笑うことも含めて、お祭りであった。
特に、町の人の手作りひこにゃんたちはどれも、いまいち似ていなくても体温が感じられ微笑ましかった。一生懸命トレースして描いたんやなあ、と思われるポスターや、ツノが折れそうな石像など。特に、最も似ておらずカンドウした「もどき」ひこにゃんはこれ。



元のイラストにはぜんぜん似ていないのだけれども、この、おじいさんが一本一本震える手で植毛したような(空想)おひげはどうか。妙に立派な衣裳なども、手間と愛情を感じさせて思わず微笑まれてしまう。今後、彦根市及びイラストレータが、ひこにゃん商標をどう管理するつもりなのかは知らない。しかし、こうした手作り感こそがキャラもの町おこしの醍醐味であり、皆から愛される所以であるのではないかなあ、そして次回彦根に行くときもモチさんがこうして愛され続けておりますように、と思うのだった。















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