ハネムーン








所長が地図をくれた。世界地図を何枚か。古地図のように見えるけれども、所長の手描きなんだそうだ。それらの地図には、将来150年先くらいまでの地球の様子が描かれていて、最初の地図は、普通の現代の地図なんだが、次の地図は、何十年か先の様子になっている。何十年か先には、こんなに日本列島が肥大化して南下するのか。かつ、三つの部分に分かれていて、どの部分にも「京 京 京」と書いてある。日本全土が京都化したってわけか! 次の地図では、「京 京 京」が「ホ ホ ホ」になってる。日本全土はホの領土になるんだ……。それと併行して、中国大陸・アメリカ大陸も、なんとなくホっぽくなっているみたい。また、大陸大移動が起こるので、すべての大陸が地図の真ん中あたりに集結して、ほとんど融合している状態である。左端に目を転ずると、南ヨーロッパや北アフリカのあたりもホっぽい。
4枚目の地図では、アフリカ大陸とヨーロッパ大陸がちょうど接合した部分に菫色に塗り潰されたゾーンがある。菫色の中には、よく見るとこまごまとした可愛らしい国ができていて、それらは全部、大正期の少女小説の国だという。すてき、すてき。花物語。少女の友。エス。お姉様! ともに泣かせて下さいませ! 中原淳一画伯の挿絵。可憐な一輪の花。少女小説の国の下が、おそらく京都の国であろう。

「新婚旅行で行くなら此処がいいわ」と菫色のゾーンを指さし、「一人旅で行くなら此処がいいですね」とその下を指さした。最初は、逆がいいと思った。少女小説の国に一人で行くのがいいと思った。だけど、少女小説というのは、男の人と一緒でなくてはならないらしい。わたしを眼差す他者がいないと少女としてのわたしは成り立たないらしい。そう思い直したのだった。
だけれどそもそも、新婚旅行などと言ったのは半分冗談に決まってて、次の地図では、アフリカ大陸の上半分がスッカリ京都の国になってしまっており、ナイル川のように長く延びているのは、古川町商店街である。古川町商店街の上流にはでかでかと、「中川文具店」が存在している。あら、これは近所の、子供の頃よく通った文房具屋さん。所長は流石京都通なのだなあ、こんな街の小さな文具店までご存知だなんて。文具店の右側には、地蔵国があり、其処には地蔵がいっぱい集まっていると思われる。
20代前半くらいの男の子。腹が立って、肩口を捕らえ強く噛み付くと皮膚にうっすら血が滲んだ。土蔵の二階である。その儘仰向けに押し倒し、腹部に馬乗りに跨り、顔面を何度か、力一杯殴打する。殴り終えていくらかすっきりしたかと思いきや、男の子は、けろりとした無表情で起きあがり、そこにちょこんと座った姿勢のまま間延びした口調で、「また押し倒してもらえますか、よかったら、また殴ってもらえますか」と言うので、わたしは更に激怒し、更に更に殴りつけながら、「会社を休むんなら電話くらい自分でかけろよ!」と怒鳴りつける。

(2004/12)










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