手錠の見学






見知らぬ街の役所でわれわれのグループは集合し、警察署へ行く。どうやら手錠の見学に行くらしい。

グループ内に女の子は他にいない。グループの中心人物は、健康的で快活な男の子二人。
警察の人に案内され、署内に入ると、入ったところは、受刑者との面会を待つ人たちの控え室のようである。黒いソファに、大柄な男性が座っている。ちらちらと窺い見ると、逮捕されたヤクザであると見えて、白い、革の手錠を掛けられている 。不自然にごつごつとしたその手錠は、少しファッショナブルで、高価そう。
更に奥に入っていくと、何人かの警察官や、逮捕されたらしき人々とすれ違う。普通の金属製の手錠を掛けられている人が多い。やっぱりさっきのヤクザの手錠は、特別待遇というか、高級品だったのだろう。それにしても、そんな人たちがわれわれの目に触れても何とも思わない、警察の人権感覚の無防備さにはちょっと驚きだ。わたしは、逮捕者たちに重圧や気恥ずかしさを感じさせぬため、無意味ににこにこと満面の笑みを湛えながら歩いた。

皆は、警察官の案内で階段を上っていく。わたしは後からついていく。階段を上ったところで、スリッパに履き替える。試験室に入るためだ。これから試験を受けるのである。

ゲタ箱の前に立っている警察官が、皆にスリッパを手渡してくれる。皆はそれを履き、その警察官に快活にお礼を言い、入室していく。警察官は、眼鏡をかけた、体型と顔が細長い50歳くらいの男。一見親切そうだけれども、実は冷たい奴のように思われる。「こいつにバカにされたくない」という気持ちがなんとなく芽生えた。ところが彼は、わたしにだけスリッパを出してくれないのである。わざとではなく、わたしの存在に気付いていないのか、或いは子供だと思われてるのか。しばらくするとやっとわたしの存在に気付いたのか、機械的にスリッパを出してくれた。わたしは存在をアピールするため、子供ではないことをアピールするため、やや気取って礼を言い、試験室に入ったのだった。

さて、入口を入ってすぐの、前列の席につき、試験開始を待つ。先に入った男の子たちは真ん中あたりに座っている。前には黒板と教壇があり、教壇には試験監督らしきオマワリが二人。なんとなく偉そうな感じで、「こいつらにもバカにされたくない、いい点とって見返してやる、見ておれ」と内心ひそかに誓いを立てる。

試験用紙が配られた。
心理テストのシートのような用紙。
マス目がいくつかある。
マス目が回答欄になっている。
回答欄に次の回答を記入しなくてはならない。
1マス目:試験監督の警察官の名前を書け。
2マス目:自分の名前を書け。
3〜6マス目:家族の名前をそれぞれ日本語と英語で書け。
という試験である。7マス目以降は何やら難しい問題なので後回しだ。

2〜6マス目はすぐに埋まった。うちは大家族だが、欄が4つしかないため4人分しか書けない。流石お役所仕事だな、大家族の者のことなんて考慮しちゃいない。
家族の名前は、それぞれローマ字と漢字で書かねばならないようだが、プライバシー保護のため、漢字でなくてカタカナにしておいた。(漢字で書かなきゃ不正解だろうか)(でも、プライバシー保護のためだもの)(むしろ、「子供だと思ってナメていたけどなかなか考えてるな」と評価されるかも)……とぐるぐる考える。

ところが、家族の名前で埋めた4マスのうち1つは、実は違う問題だった。折角4人収まったのに、誰か1人削らなくてはならない、困る。いや実は4つとも違う問題だった。全部消さねばならない。なんてことだ。
折角マスを埋めたのに、自分の名前以外白紙に戻ってしまった。消しゴムの消し痕も汚くなったし。いやだいやだ。問題は、全然解けない。考えても考えても分からない。途方に暮れる。オマワリは相変わらず偉そうにしてる。こいつらを見返さねばいけないはずなのに。何も書けない。

後ろの席の、他の男の子たちは書けている模様である。わたしだけが書けていない。焦る。
せめて試験監督の名前を書く問題だけでもやっておこうと思う。前に立っているオマワリのうちの一人の名前を書ければよいらしい。オマワリは「ニュ」という名前だという。中国人らしい、じゃあ表記は「nu」だな、中国語を履修しておいてよかった。と思いつつ、回答欄に「nu」と記入する。
しかし日本語表記が分からない。オマワリが、漢字でどう表記すればよいかを説明する。男の子たちは「ああ、ああ」と納得した様子。わたしはといえば、オマワリの態度と男の子たちの様子に気をとられて、「日」という字が入るということ以外聞き逃してしまった。だが、もう一度教えてくださいと頼む勇気がない。っていうか、頼んでも教えてくれなさそう。「日」が入るというヒントだけでなんとか書こうとするが無理だ。あーあ、出来た筈の問題をひとつ落としてしまった、なんて不注意なのか、肝心のところでぼーっとするとは。

他の問題も全く出来ない。たとえば、こんな問題。
問.インドにおいて、胃癌で死んだ人に対して言ってもいいことになっている言葉は何か。マス目の数だけ書け。
マス目の数だけ書かねばならんのに一個も思い浮かばない。
悩んでいると、試験監督の一人が回答例を挙げた。曰く、
「あれだけ酒・煙草をやってたんだから癌になったのは自業自得だ」
男の子たちは、ほうほう、と感心しながらそれを回答欄に書き付ける。わたしも、それを書けば、マス目が一つ埋まる。が、他人の挙げた例をそのまま書くのはプライドが許さない。自分で考えた答えを書いて相手を唸らせたいではないか。
それに、である。そもそもだ、そんなときに言ってよい言葉などある筈ない。それはインドの習慣であって、おそらく、わざと死者に鞭打つことによって死者を悼むという意味を持っているのだろうけれども、しかし、これまでの自分の倫理・常識の中では、そんなことは言ってよい筈がないことだし、従ってそんなことを書けるわけがない。ってことは、こんな試験、わたしに出来る筈がない。最初っから、わたしのような者には出来ないように作られている試験じゃないか!
しかし他の皆は着々とマス目を埋めている模様。自分だけ、何も書けずに時間が過ぎてゆく。手元の用紙は白紙のまま。いい点をとらなきゃいけなかったのに、何も書けないことがもどかしい 、悔しい、悔しい、と布団蹴って目が覚める。
(2004初夢)










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