淡路島パラダイス探訪記




淤能碁呂島に降り立ったいざなぎはいざなみに問うた。
「貴女の身体はどうなっていますか?」
いざなみが、
「わたしの身体には足りないところがひとつあります」
と答えると、いざなぎは提案した。
「わたしの身体には余っているところがひとつあるから、それで以て貴女の身体の足りないところを挿し塞ぎ、国を産んではどうだろう」
二人は、天の御柱の周りをそれぞれ逆に回り、出会ったところで交わることとした。
いざなみが「ああ、すてきな男」と言い、いざなぎが「ああ、いい女だ」と言い、二人は子を成した。

しかし生まれたのは、子の形を成していない「水蛭子」であった。水蛭子は葦の船に入れて流された。次に生まれたのは「淡島」であった。これも子の形を成していなかった。
天つ神に相談したところ、女から先に声をかけたのがよくなかったとのことであった。
改めてやり直すことになり、今度はいざなぎが「ああ、いい女だ」と言い、いざなみが「ああ、すてきな男」と言い、再び交った。
こうして生まれた最初の子供が、淡道之穂之狭別島、すなわち淡路島である。

***
よって、淡路島は、日本列島最古の地ということになる。しかし、子と見なされない「淡島」と、「淡路島」は名前が似ていることもあり、淡島=淡路島とする説もあるという。






まだ肌寒い春の初め、けんきう室周辺のメンバーに、淡路島へのドライヴ企画に誘ってもろた。
けんきう室メンバーで訪れた淡路島は、巨大なキッチュパラダイスであった。


レンタカーに乗り込んで出発。
天気予報ではこの日は荒れ模様とのことだったが、進むにつれて、空が明るくなってきた。


初対面の人もあり、当初は若干緊張していたが、明石に着く頃には打ち解けてきた。
駅前の魚の棚市場で、明石焼を食べ、昼食とする。明石焼は、現地では単に「玉子焼」と呼ばれている。
魚の棚市場では、生きた蛸やなまこがいっぱいぬるぬるしており、そのへんを蛸が歩いていたりもして、海のない我が町では滅多に見られぬ光景が新鮮であった。
いかなごも名物であるらしく、酒屋では調味料が「いかなごの味付けに!」という文句とともに売られており、100円ショップではタッパが「いかなごの保存に!」という文句とともに売られており、とにかくすべてがいかなご中心に回っている街という印象を受けた。


すっかり空は晴れ、淡路島行きフェリーに乗り込む。
フェリーの名は「たこフェリー」。
やたら気合いを入れてたこグッズを販売していた。
乗り場には「たこ神社」なる神社が設置されており、そこでおみくじをひけるようになっている。おみくじというか、100円ガシャポンなのだが。早速チャレンジしてみたら一言、
「笑ってハッピー」
とだけ書かれた紙が出てきた。
この100円吸い取り機め!と呪詛の言葉を吐いた。


この時点で、まだ見ぬ淡路島に対し、何かパラダイス的な予感が感ぜられた。


***


淡路島に着くと、「カゴのついてない観覧車」に出迎えられ少しくクラクラしつつ、第一目的地「花桟敷」なるところに向かう。
事前リサーチによると、菜の花が綺麗な高原なのだそうだ。そこでピクニックをする予定。
ぴくにっく! なんとも青春らしい計画に胸をときめかせる。
なかまたちとピクニックとかそういう若者ぽいことを、一度やってみたかったのだった。

しかし、「花桟敷」は山上にあるため近づくにつれ寒さが増し、到着して車を降りたら霰に降られ始めた。寒いだけでなく痛い!痛い!
数分で車に戻り菜の花畑を後にする。
さよならぴくにっくよ、青春よ。


このへんから、何かの歯車が狂い始める。


山を下り、「世界平和観音像」なるものを観に行くことになる。
ガイドブックによると、全長100メートル、淡路島最大の観音像なのだそうだ。
山を降り、観音像へと向かう。
道路を走っていると、遠くのほうに確かに、観音の頭部っぽいものが見える。
100メートルはなさそうだが、30メートルは優に越えていそう(もしや海抜100メートルということなのか?)。

だが、大変申し上げにくいことではあるが、なんとなく有難みが……無い。





その観音像を守っている「平和観音寺」の門をくぐろうとすると、門前に看板が立てかけられていた。
「定休日」

定休日! 寺なのに定休日。 更に裏に回ると、無人の寺務所に貼り紙が。
「平成十八年二月二十六日をもって閉館致しました。長年のご愛顧に感謝申し上げます。平和観音寺」

観音像の付近には、同一作者のものであるかと思われるちっこい自由の女神像などが点在しており、ティールーム若王子の庭園(注:京都哲学の道に存在するパラダイス)を連想させた。
そして平和観音寺の隣の喫茶店の名は「アメリカ」
世界平和と「アメリカ」
「アメリカ」のほうは健在で営業しているようであった。


次は、「たこせんべいの里」に向かい、試食に溺れる。


「静御前の里」という公園に近づくと、妙にぎらぎらした金色ののぼりがたくさん立っている。
のぼりには、「一億円金塊」の文字。
一億円で買い取ったという噂の金塊が展示されているのだそうだ。見物料は200円。
しかし一同、「誰が払うものか」「200円分の金箔でもくれるんなら払うが」などぶつぶつ言うのみで通り過ぎる。


***


菜の花を見損ねたため、水仙を見ようということになる。まだ、少しは咲いている筈だ。
山の中の谷間に、「立川水仙郷」なる地があるらしいと分かる。
水仙郷! どんな美しいところかしら。
再び胸をときめかせながら、山へ分け入る。


ところが、水仙郷に近づくにつれ、山道の至るところに、奇怪な看板が増え始めた。
「淡路島ナゾのパラダイス、ここは笑うところ」
「UFO神社」
「3倍楽しい!」
何と較べて3倍楽しいのか? 不審な思いでいっぱいになりつつ、とりあえずドライブインに車を止める。隣には、ヤンキーの車と一目で分かる車が止まっていた。
誰かがお手洗いに行きたいと言うので、ドライブインのおばさんに「トイレありますか」と訊くと、彼女は澄ました顔で、
「トイレならパラダイスにあるよ」
と答えた。

当然のようにおばさんの口から漏らされた「パラダイス」という言葉。われわれは、「パラダイス……ですか」と復唱するのみ。
「パラダイスは500円やから」と各々500円を徴収され、引き換えに「水仙まんじゅう」とパラダイス入場券を渡される。
金塊見物に200円を払うことをあれほど拒んだ人たちが、パラダイスには粛々と500円を差し出したのが印象的であった。

なぜか「18歳未満入場禁止」と書かれたパラダイス入場券を握りしめ、われわれはとりあえずおばさんに示された谷間へと降りていく。
谷間には、ちらほらと水仙が咲いていた。
この谷間が、「立川水仙郷」だったのであった。
水仙郷はパラダイスの一部に過ぎなかったのか!
そして、水仙郷が切り拓けたところに、無駄にでかい謎の碑がいくつも屹立している。
一番背の高い碑には、でかでかとこう書かれていた。

「チンチン音頭発祥の地」
発祥も何もそんなもんは聞いたことない。
他の碑には、「チンチン音頭」の歌詞が刻まれている。ヴァージョン違いでいくつもあるらしい。ここに筆写したいのはやまやまであるが、諸事情により控えておく。
碑は、テレビが取材に来るたびに増えるらしく、そこには「探偵!ナイトスクープ」「桂小枝」の文字もあった。予想していたことではあるが、このパラダイスはやはり、桂小枝的意味での「パラダイス」であったのだ……。(後日註:「桂小枝的意味」も何も、このパラダイスこそ、あのパラダイスシリーズの元祖となるパラダイスであったことを後に知る。)

#それにしてもいつから「パラダイス」は自称されるようになってしまったのだろう。
#「ここパラダイスですよ」ってそれって、「あたしって不思議ちゃんだからァ」みたいなものでなくッて?


***


碑の建ち並ぶ広場を通り抜けると、斜面になった草むらの向こうに、独特のバイブレイションを発する建物が聳えていた。われわれはおそるおそるその要塞に近づいていった。
建物の壁面には、遠目にも見えるほどの大きさで、
「おしべとめしべのことを学ぶところ」
なる文字とハートマークがレタリングされている。
そ、そうか! これは所謂、秘宝館というやつか!

「いっぺん秘宝館って来てみたかったんや」と一瞬喜んだものの、中の異様な空気を窺っていっぺんに気持ちが後退する。
われわれと入れ違いにヤンキーが出てきた。さっきの車の持ち主であろう。
ヤンキーたちも疲れ果てた表情を浮かべている。
入り口付近には、机に向かい一心に何かを書いている人物がいた。飄々とした風貌の初老の男性。どうやらこの男性が、パラダイス主らしい。
その人物に促され、「笑うところ」と書かれた入り口から中に入る。
次第に目が泳ぎ始める。


***


秘宝館で見たものものについては、詳述しない。
まあ、大方の想像するところの秘宝館であろう。
しかし、あの「見てはいけないもの見ちゃった感」は何なのであろうか。単に、「いやん、恥ずかしいワ」というだけではあるまい。
そうだ、あれは、アウトサイダー・アートに似てるんだ。
一つのモチイフ(この場合は性、或いは端的に性器)に対する、最早わけのわからない執着。それを通して伝わってくる、作り手のパラノイアックともいえるパッション。それらがわれわれを圧倒するのであった。
その「見てはいけないもの見ちゃった感」はたとえば、ヘンリー・ダーガーの描く少女達の裸体にことごとく小さなペニスが生やされているのを見たときと同質の「見ちゃった感」だ。何が人をそうしたわけのわからない営みに向かわせるのか? と考えるときわれわれは、破滅と創造の深淵を覗き込む思いをする。
意味不明の執念と無駄な情熱。しかしそこにこそ、創造、創作の原点や本質があるように思われる。


そうそう、執念といえばこの秘宝館は、《書かれたもの》や《書くこと》に非常な執着を持っている様子であり、その点も興味深かった。秘宝館としては、かなり文字の多い秘宝館なのではないかと思う。他の秘宝館を知らないので、正確な比較はできないが。
館内には、パラダイス主の手によると思しき、性生活の知恵に関する格言めいた貼り紙のみならず、来館者が来館の感想を書いた紙もびっしり貼り出されており、さながら安井金比羅宮(註:通称「縁切り神社」。恐い絵馬の豊富さで有名)に鈴生りに成った絵馬群を連想させた。そのうち印象的だったものを二つ紹介しておく。

金より、名誉より、家より、
車より、食事より、睡眠より、
地位より、友達より、仲間より、
    S E X
京都人Y.T
さすが京都人。よー言うた。
同郷人として感銘を受けないではないが、しかし、食事と睡眠は大切だと思った。


京都人がいたかと思えば遠い国からの来館者もいた。
私はネパールから来ました。
ここは、 (以下5行ネパール語)
……肝心なところが読めない! モザイク・修正一切無しの秘宝館内で、唯一もどかしい思いをさせられたのがこのネパール語であった。


***

パラダイスにあったのは秘宝館だけではない。サル や ウサギ や いぬ といったどうぶつたちもいた。
どうぶつたちは、水仙郷の中にぽつんぽつんと点在していた。ちょっとうらさびしい光景だった。


***


パラダイス以降、一同はすっかり無口になり、車酔いに陥る者が続出する。山中で道に迷うなど、パラダイスの呪いにかけられたとしか思えない。それと同時に、あたりも薄闇に包まれ始めた。

わたしもかなりの車酔いと眠気に襲われたが、晩ご飯を食べ、回復した。
晩ご飯は、おいしいお魚のお店だった。
また、夜の闇の中ではあったけれど、淡路島名産だという「紫の菜の花」を見られたのも嬉しかった。(本来はこれを見に来たはずなのだった!)


島を去る前に、温泉に入ってゆくことになる。
外観がほんのりラヴホテル的であったため、一瞬、「またパラダイスかっ」とビビるが、普通に良い温泉であった。天井に中学生の絵が描かれており、心が和んだ。

「男湯/女湯」でなく、「いざなぎ/いざなみ」という表記に、淡路島の心意気を感じながら、島をあとにする。












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