「おっさん珈琲」
出身高校の購買部で売られていた珈琲の紙パックには、ひとりの男性の絵が書かれていた。
暑い南米の農園(たぶん)で、太陽の光を顔面に受ける麦わらの男。
その、生と労働の喜びを謳歌するごとき表情には、強いイムパクトがあった。
この絵のために、生徒たちは、その珈琲を「おっさんコーヒー」と呼んでいた。
よって購買部でこれを購入するときは、
「おっさんちょーだい」
と言わねばならなかった。
昼休みの混雑の中では、
「おっさん!」「こっちもおっさん!」
の声が飛び交い、店員さんは
「はい、おっさんね」「あんたもおっさんか?」
とそれに応じるのだった。
購買部の店員さんは「おばちゃん」と呼ばれることが多かったので、店員さんを「おばちゃん」と呼ぶ者が「おっさんコーヒー」を注文する場合は、
「おばちゃん、おばちゃん、おっさん、おっさん」
と、わけのわからん注文の仕方になるのだった。
冬になると、希望次第でおっさんをあたためてもくれるので、生徒たちは、
「冷たいおっさん」
「あったかいおっさん」
と呼んで、コールド/ホットを区別していた。
だが、私は上品な高校生だったので、大声で「おっさんひとつ!」などと叫ぶのに抵抗があった。だもので、
「コーヒーひとつください」
と頼むのだが、そうするとおばちゃんに
「はぁ?」
という顔をされるので、結局、
「えっと、……おっさんひとつ……」
と頼み直す羽目になるのだった。
でも、察しのよい店員さんの場合は、
「コーヒー? ああ、おっさんのことね」
と分かってくれるのだった。
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